愛、新たな生命へ溢れる自分たちの命の美しさ。その昏倒的な美さのために、女は幾つもの夜々を眠りません。その夜々のうちに女は半ば可愛らしいものを自分のうちに感じるようになっているほどです。その春の嵐のさきぶれは、そのように重く生命の樹々を揺りながら、やがて雲が段々動いて、遠のいて、小さくなって、すぎ去りました。もとのような見なれた空となりました。しかし、女はもうもとの女ではないのよ。元にはもどれないのよ。そこには一つの誕生が経過されたのですから。
 しかし、女はそのような自身の開花を人生において無駄花とは感じていないのです。どういう事情であろうとも花ならば一杯に咲きひらかなければなりません。そこにそのものの自然なよろこびがあるのですから。けれども、花の嘆きも亦何と面白いでしょう。花粉に出合わなければならない花の嘆きの面白さ。その女は、天然が女である自分のなかにもう一つのみのりの可能性として与えているものを力一杯にみのらせようと一層熱心に思いはじめます。それは人間の意力でもたらされるものですから、少くともある程度までは。そして、女は知っているの、つまりは、それとこれとは一つ生命の展開であると。一つになっている二つの命の火であると。
 でも、その女のそういう意欲の半面には何となしこれまでにないテンダアなところが生じていて、こんな心をも経験します。その夫婦が、あるとき、良人の親への思いやりについて話しました。妻であるその女は良人の言葉をよく理解しているのです。でも、そのときの感情は前後のゆきがかりから、わかっているだけ其を改めて云われる悲しさのようなものがあって涙ぐんだ状態でいると、良人は、ごく自然な調子で「自分が子供をもって居る気持になって考えてみればよく分ることだから」云々、と申します。その妻は、その言葉が自分の心臓の上をその言葉のおもみと永さの限りで切りめをつけてゆくような鋭い痛みを感じました。自分たちの間に新しい命の形を表現されないという一つのことのために、その女はたくさんの俗見とたたかって来ています。俗見は最も正当な人間性の評価にあたってさえ、その女が腕のなかにかかえる小さいものをもっていないということを云い立てて、その女の合理性を非難する場合があるのです。
 女は自然に洩された良人の言葉を忘れることが出来ません。そういうことについての感じかたの相異は、命を与えるも
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