はすこしせめ苦めいていました。もっと早く自分からそのこと云うべきでしたね。そのことでは私は、わるかったと思うの。だって現実の日常生活の条件から、そういう方法が変えられるのは当然ですものね。私はあなたが仰云ったとき、ふとそのことを思って。私のそういう従順さのようなものは本来はあなたに対してよろこばれるものよりも、寧ろ何か自発性の足りなさとして考えられる筈のものだと思って。同感でしょう。
 けさは何というまざまざとした感覚のなかから目をさましたでしょう! 二つの腕のなかに紺大島のボリュームが犇《ひし》とあざやかで、顔の前に何と紺の匂いが高かったでしょう。
 下へおりたら十一日と十二日のお手紙。こうして一組になって到着するのは、いつも片方が黄色っぽい色で片方は白い色なのね、何だか面白い。この前のもそうでした。
 十一日のお手紙、題のことで、動物園や植物園に縁のあるのばっかり多いというのは実に笑いました。本当にそうね。昆虫記のような題も少くないわね。日本の文学のある傾向もあるのね。そのこと何だか興味をうごかされ、今度一寸した感想にかいて見ようと思いました。
「日々の映り」という題への批評は適確です。名は体をあらわす式で、あれを私が書き直したい(結局別もののようになりましたが、逆から云えばそれほど)と思っただけ、作品として主観的だったのです。私は大変愉快よ、あなたのお突きの正確さが愉快です。こんな小さい道を貫いて、作品のよまれもしない内奥までふれられてゆくところが。作者の気持いっぱいで、息をのんでいて、語りつくしていなくて。この例から見ても、簡潔ということが自然主義的平凡さとちがうという意味がよくうなずける次第です。
 題はそういう意味で本当にむずかしいと思います。つまるところはその人らしい題をつけるものですね。稲ちゃんの「くれない」「素足の娘」「美しい人たち」「女三人」「四季の車」みんななかなかうまいでしょう? 一つ一つ聞くとはっとする位しゃれた題です。いかにもその人でしょう、
〔欄外に〕前の頁半ぱに切って御免なさい。余り消すことになってしまったから。
 フィクションの題にすれすれで、そうでもないところ。その味。私はこういう題をつけられないけれど、内心はうらやましいことがなくもないのよ。そして、自分なりにいかにも自分らしいのを見つけたいと、いつも思います。そして、お手紙にか
前へ 次へ
全295ページ中214ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング