でしょう? では残額八二・六六銭のうちから二十円五十七銭引いたもの六二・〇九銭支払えばよろしいわけでしょう。
 あついことね、この二階もややましな蒸風呂です。

 七月二十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 七月二十二日  第四十六信
 先ず七月十日づけの、ゴロゴロ第二信十九日に到着、どうもありがとう。おくれるというのも折にふれてはなかなか愛嬌のふかいものです。これは、ピカッ、ガラガラとはゆかず、きょうこの頃の私の胸のひろがりのなかでは遠雷のとどろきで夏らしい調子です。しかし勿論このことは、いきなり私がベソをかかないというだけで、書かれていることを、どうでもいいとしているのではないのよ。
 そして、私は何となくすこしニヤニヤもするの。だって、時々こうしてあなたが私に雷をお落しになるの、万更あなたのためにわるいばかりでもないでしょうと思って。それは、そのときは島田言葉の所謂「歯痒い」わけですが。お父さんの所謂「卑怯未練な」(これ覚えていらっしゃる? お母さんが手袋を一寸見えなくしておさがしになったとき、お父さんが床の上に坐っていらして、「ええい、卑怯未練な」と仰云ったので、私が大笑いしてさがして、「ホラ卑怯未練がみつかった、みつかった」と笑ったの)次第でしょうが。家庭の情景というもののなかにはいろいろ滑稽な面白い要素もあるもので、その意味で私が雷おとされるのも、うちらしくて至極結構です。あなたも、たしかに女房というものをもっているようなカンシャクもおこせて、悪いばかりではないわ。誰が、私のあんな他愛のないベソ顔を見る光栄を有するでしょう(!)何から何まで絵でかいたように完備した女房なんて、叱ることもなくなって、きっとあなたは退屈よ、「バカだなア」という表現にはそう云える対手にしか流露しない親密さがこもって居ります。そして、そういう人の心も、そういうとき独特のゆたかさがあるのよ。そうでしょう? 今に、私は益※[#二の字点、1−2−22]ベソをかきながらよろこぶようになってゆくでしょう。
 さて、暑いこと。十年来に三十五度になったそうですから。今この机の上の寒暖計は三三度です、九一度ね。下はどの位かしら、面白いからくらべて見ましょう、風がふいても熱風です。
 二十日には口が渇いてお苦しそうでした。暑気で体から何かがしぼりとられたようなお顔の色でした。疲れた
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