ともかく插画だけものにしてしまったのではないかしら。それにしろありがたいわけです。おっしゃるとおり明日夜まで三十枚は神業で、しかも到って人間並のが敢て試みようというのですから、つなわたりのようなわけでした。今月はすこしずつ仕事おくれました、胸がドキつくから。そんなこんなで。あなたまでいそがしがらせて御免なさい。でもたまにはいいでしょう、〆切なんて。あなたのお身にもついているものですから。
きょうはすこしはれぼったそうでした、どうかよくお休み下さい。疲れて眠れないという晩に、あなたがあがったチョコレートのことなど思い出します。覚えていらっしゃること? 白い紙につつんで、ボンボンの粒々。そういう夜には、きまって私は居ないのね。
きょうは、丁度中途半端な時間にそちらに行ったのですが、うちにいて、誰かに押しよせられたら目も当てられないので、とにかく出かけ、そちらで手帖出していろいろとこねて居りました。順助さんという若い男が現れます、その従妹の桃子という娘が居て、これはつとめています。二人は互に大変よく気持も分りあって好きなのだけれど、結婚はしない、恋愛には入らないということも分りあっているのです。桃子は、たっぷりやでね、従兄妹同志というようなことで、安心して子供を生めないというようなのはいやなの。「順助さん、従兄なんかに生れて来るんだもの」そういう娘。順助さんは若い勤め人。友人の妹ともしかしたら結婚していい心持になるが、娘と親とは順助が出征するかもしれない――殆どする、ということで進まない。順助はだから結婚生活をもしておきたいのに。桃子にはそれが分るのですが。今日の若い娘とその周囲とは結婚がむずかしくなって来ているにつれて女の生活の安定の目やすから対手を見る打算がつよくなって来ている。反面、青年の心にはもっとずっと人生的な思いで、妻というものを考える心持がある。それは女の今という時代を経てゆくゆきかたとちょっとちがっていて、男の心の寂しさです。桃子の母は、つとめている娘は猶対手が見つかりにくいと云ってこの頃は気を揉む。だが、それならつとめをやめていつ誰があるというのでしょう?
現代のそういう問題をかいて見ようという次第です。三十枚では無理? こんなことでもフランスあたりと若い女の歴史の経過しかたが大変ちがって、桃子はそのことも考える、そういう娘です。題はまだないの。
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