ら、書くことでも、読むことでも、本当に真面目にやるべきです、『文芸』の仕事していて、猶そう思うのです。勉強などでも勉強して見ると猶ねうちが分るというのは面白いこと。
多賀ちゃんのこと、前便でかきましたが、追々又いろいろ別の御相談が生じそうです。多賀ちゃんの家の事情で嫁にゆくと、小学を出たぐらいの小商人か職工さんのところへせわされるのだそうです。農家の土地もちというような家の娘が中等学校出ですって。多賀ちゃんも、こちらで暮して見ると、そういう結婚は辛いらしい様子です。そのことが段々考えられて来ている風です。田舎ではその娘のもっている生活力や成長性を見ず、只学校だけでいうから、例えば徳山高女を出た娘と、虹ヶ浜のところの実科を出たのでは全く違った扱いをするのだそうです。なかなかむずかしいようです。東京、田舎、その間には或る大したちがいがあって、多賀ちゃんはピーピーしながらも明るく楽しく人間について希望をもって生きてゆく男女を見たから、十万円ある家へ何故山崎の東京にいる娘が嫁入らないか、という疑問もすこしわかったそうです、もっとも理由は又別ですが。皆がバカたれと云っているのを、そう思ってきいていたって。こんなこと、微妙で、しかも深い問題です、女の生きる上に。だから、又何ヵ月か経つといろいろの話が出るでしょう。
林町のあか子はまだまっしろけ。隆二さんが初雛を祝って、左の歌を下さいました。
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はしきやしマダム・キュリーの絵姿もともにかかげよ桃の節句に。
菱餅と五人囃とその蔭に一葉日記もおくべかりけり。(私はうれしかったから虹色の色紙にかいてあか子にやります)
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三月十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
三月十二日 第十九信
きょうこそは、よくよく面白い手紙をかかなくてはいけませんね。こんなに御無沙汰したのは珍しいことです、本当に御免下さい。
四日づけのお手紙を六日に頂きました。六日に『日本評論』の小説をかき終るところだったので、そのまま返事かかず。七日におめにかかりに行き。八日九日おめにかかり、十、十一日で二十七枚ほどの小説『改造』へかき終り。きのう夕方の六時にフーッと大きい大きい息をつきました。「三月の第三」というの、あれは「第四」に当るのでした、そしてやっぱり「三月の第四日曜」といたしました。二つめ
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