宛 目白より(封書)〕
三月十二日 第二十二信
今、后すぎの二時半。ひどい風がややしずまって、何とあたりはしずかでしょう。おひる迄相当勉強して、パンをたべに下り、ひさは出かけているのでひとりで、今度は小説をよみながらたべ終り、今年はじめて縁側のところへ座布団を出してすこし又よんでいました。八つ手の葉や青木の葉が昨日の雨に洗われてきれいな色をして居り、土は春の雨のあとらしく柔かくふくらんで、静かで、あなたも、あしたはユリが来ると思いつつ、こんな空気を感じていらっしゃるのかと思ったら、たまらなくお喋りがしたくなって来ました。そう沢山喋らなくても堪能するのです。ちょっと顔をこちらへ向けて頂戴。そして、そう、それでいいの、もう。
「ロダンの言葉」、お読みになったでしょうか。彼の作品の「手」覚えていらっしゃるでしょうか。「手」の面白さを高村光太郎などもなかなか云う美術家ですが、手は全く興味ふかい。生活が何と手に映るでしょうね。手が又何と生活の感情を語るでしょう。些細な癖にしろ。いろいろな場合の手。字ではこんなに単純な四本の線である手やその指の活々とした感覚。心と肉体とに近く近くと云う表情
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