ス。口のなかにある感触を、何と微妙に、即物的にうたっているでしょう。生命のあこがれが、何と優しく激しくあらわされているでしょうね。こういう詩をよむとき、生活の深い深いところがひらかれて、よろこびの厳粛さがてりかえします。では水曜日に。手紙こちらへ、どうぞ。
九月二十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
九月二十二日 第九十信
金曜日に見えましたか。私がお話の趣つたえたときには横浜へ行ったという留守でしたが。
その後お体の工合いかがでしょう。おつかれになるでしょうね。致し方はないが。それでも、私はこの頃すこし安心して居ります。もと、あなたは御自分の体のことちっとも仰云いませんでしたから、どの位どうなのかわからず、おやと思うとやたらに気にかかりました。この頃は、おききすればマア、すこしは仰云る。その方がいいと思います。あなたはユリの体のことばかりきいて下さるけれど、私にしてみれば、そちらの方をよく知りたいわけですから。そして、あなたの体の御様子というものも、やっぱり私たちの生活の内のことですものね。体の様子を私に云って下さることは、そのことで、私が全体としてのやりかたに別に感情を妙にしての間違えをしたりしないということを、あなたが十分わかって安心していて下さることだと考えるのです。
さて、きのうは、『文芸』にかくのを四十枚かき終り。「この岸辺には」という題です。これは書きかたがむずかしくて。何にしろ過渡期の初りですから、単純なかきかたで四十枚余かいて終ったが、どうもと思えるので初めの二十枚余すっかりこねかえて。武者の「新しき村」と有島のことから、その反映の分析から入りました。そしたらやっと納りそうなものになりました。フーと一息つき。それから出かけて、壺井さんのところへ二ヵ月ぶり位に行って、手つだいのことたのんで、珍しく夕飯御馳走になって、古本を見つけ出して、丁度ひどい雨の上ったときいそいでかえり。
きょうは今に、栄さんが来て口述をやってくれます。この口述では、随分古くから栄さんのお世話になっているのですが、面白いものね、S夫人のほうが近くてよかりそうなものですが、あの人とは決して出来ないの。あのひとの性質で。こちらで云う、その中に決して入らないのです。自分だけはなれて批評したり、腹に意見もったりしている。だから、一体になれず、いつも心理的抵抗がある。それが腹が立つ。駄目です。あのひとは全くその点独特ですから。こんなことでも、これほど微妙だから面白いものね。
明日一日日比谷ですから、どうしてもきょうのうちに片づける必要のものがあって。
一昨夜てっちゃんが見えました。奥さん、思いのほか大手術であったそうです、可哀そうに。どうなのでしょうね、子供ももしかしたら、あの康子ちゃん一人かもしれませんね。癌《がん》と同じに、幼時の細胞が皮膜のようになって組織内にのこっていて、それが成長するにつれ育ったり分裂したりして害をおよぼすのだそうです。そういうものの由。メイソウさんの奥さんが眼科を開業したのですってね。そしたら繁昌して、旦那さんすこし押され気味だって。そのことをあなたが可笑しがっていらっしゃるという話ききました。私はどっちも初耳だったから、二重に面白くて笑いました。でも結構ですね、それですっかり生活がしゃんとゆくでしょう、もう何年も会いませんが。重治さんのところでは卯女が大分可愛くなり、もう両足をなげ出して、両手でビンを持ってお乳をのむ由です。その乳に入れる砂糖が世田ヶ谷にはない。それで栄さんのところへ電報が来たので、六軒歩いたら二軒が半斤ずつ売ったそうです。昔中野は「砂糖の話」というのをかきました。が、こういう物語がおこるとは思っていなかったでしょうね。私は当分中野さんへ何かあげるならサトウにしましょう。うちだって、ありはしないが。中野しきりに小説をかきます。身のまわりのこと、子供の泣くこと、ねむらぬこと等々。せっせと書いて彼の癖の独白体を脱しなければいけないが、どうも益※[#二の字点、1−2−22]独白になるのではないかしら。「子を育てるためには先ずその子をくう話」というゴーゴリの題のようなわけです。
おみやさんがいて助かりますが、御飯たいて雨戸あけて、はくだけですから。今市場へ出かけて晩の野菜を買って来てすっかり仕度しておいて仕事にとりかかるというわけ。私は今、それはそれは玉葱《たまねぎ》くさくて、おばけのようよ。くたびれて、パンにバタつけて、生の玉葱うすく切ってのっけてたべましたから。ロシアの農夫は、黒パンのかたまりを片手にもち、片手に玉ねぎをもち、玉葱をかじりつつ黒パンをたべます。
隆ちゃんからエハガキが来ました。いそがしいと見え例の通りの文章です。雑誌は貰って、どっさりあるから、いらないと云
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