「かが? お疲れになりはしまいかとすこし気がかりですが。このところ致しかたありませんね。それにしても、どうぞ益※[#二の字点、1−2−22]お大切に。
 昨日は、朝、日比谷へゆきがけに、お話の弁護士のところを訪ねました。承諾いたしました。それについてはお目にかかりまして。小さい男の子がポロポロとこぼれるように玄関に出て来て、ニコニコして面白うございました。三十五六歳の人です。或はもう少し若いか。
 それから日比谷へ行く途中、気象台の下のところ、竹橋の角で、大体あすこは事故の多いところですが、木材をしこたま積んだトラックが、自転車にのった人ぐるみすっかり轢《ひ》いてしまって菰《こも》をかけてあるのを見て通ったら、段々妙な気分になって、手の平《ひら》が白くなって、フラフラしました。脳貧血がおこったのね。朝日がさしている広い往来の両側にどっさり自動車が止って、皆黙って見ている。白服がどっさり来ている。白オートバイ(ケイ視庁の)が来ている。それでいて、あたりは森《し》ーんとしているのです。そこを通る車はひとりでにすっかり速力をおとして、殆ど止る位にして通る。いかにも大きい都会の出来事の感じです。
 日比谷では午後四時まで。きげんよい笑顔でした。さっぱりした物云いでした。かえり電車で来たらひどい混みようで、立っている脚に汗が流れました。窓の横棒に制帽の庇《ひさし》をすりつけながら居眠りしていて、時々片脚をびくりとさせ、今にもこけそうになっているどこかの給仕のような少年もいました。五時頃の市電はそういう乗客を満載です。
 太郎が先週の日曜日に急に父さんにつれられて開成山に行ったの御話しいたしましたろうか。この頃はいろいろ事務の用事が多くて、家の連中のことちっともお話ししないでいますね。太郎、大変食堂車に乗りたいのですって。ニュース映画で見て以来。それで開成山に行くとき、昼になったので、食堂車へ行こうとお父さんが云ったら、相当てれた顔をした由。そんなところなかなか面白い。そこでランチをたべた由です。今頃は盛にどろこんこになって、あっちの友達と遊んでいるでしょう。水曜日に寿江子が行きました。一同は九月の三日ごろかえって来る由です。眠り病が四年来の流行です。十歳以下の男の児をおそいます。とんぼとりや何かで害をする由です。太郎に手紙かいて、片カナで、遊ぶとき帽子忘れるなと、けんめいです(私が代筆よ)。
 泰子は相変らず一日じゅうよく眠り、のんでは眼をパッチリやって、又眠って。実に可愛い様子です。私たちからのお祝のほろ蚊帳が出来て、それは大きい赤い金魚がついていてね。その中に眠っている泰子はまことに奇麗です。女の子は妙に可愛いことね。汗が出るのでポツポツのおできが少し出来て、そのために目下入浴中止。大したことはないそうです。この娘はきっと大きい女になるでしょう。小さい足の先は細長いし(円くなくて)指の節ものびて居りますから。だから大いに笑うのです。咲枝たちよっぽどうまく粒の揃った子を生まないと、中條の方は皆ずんぐりですから。大きい子、円まっちいチビ、と並ぶと女の子なんか悲観するでしょうから。
 私は今特効ある持薬のほかにオリザニンをのんで居ります。オリザニンは夏の疲労には大変よいそうです。強《あなが》ち脚気はなくとも。そしてそのようです。くたびれがくたびれるにしても軽いのです。次の朝には癒っているという程度です。もう一つの薬は、何と血行をよくするでしょう。神経にもよい作用を及ぼします。のんでいるときや、すぐその後は、体のなかが暖くなるような感じで。オリザニンもそうです。こっちはアルコールが入っているから。
 木曜日、芝のひと面会に行きましたか。土曜日と間違えたのは、午後に行ってもよいということから何か話があの場でこんぐらかったのね(私がお話していたときのことよ)。
『家庭医学大典』もう届いていましょうが、如何でしょう。『医典』の方駄目ときまれば、南江堂の予約をとり消したいと思います。どういうものでしょうね。
 今、前の高村さんで、子供のためのレコードをかけています。太郎のレコードと同じように妙な音を出している。段々のろのろとなって、フーウと低くなって、又あわてて甲高い音になったりして。目白の方はよその家、子供がいないというのでもないのに、こういう音はどのうちでも余りさせません。その点いろいろ面白い。私はいつ頃目白にかえるか、一寸不明です。十日までこちらにいることは確実ですが。全く身元不明の派出婦をおくことは、別な面から考えはじめました。それやこれやで。ひさが手紙をよこし、年の若い娘で或は来るこがあるかもしれないと云って来たので、早速そちらへたのみました。いずれにせよ、誰かあれば大助りです。たとえお離れへ住むにしろ(これは大抵実現せず、寿江子の方をい
前へ 次へ
全192ページ中147ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング