来た客が、五千九百円毛皮類買ってケロリとしていたというような風で、今はシャツでも三四十円のものはよくうれるのですって。反物も七八十円から百円ぐらいのが。中位のものはない。うれない。それから実にハアハア笑ったのはね、イナゴ、田圃のいなご、あれは米をたべて秋肥ったのを体の養生のために人間がたべます、薬のように。そのイナゴはスフ入りになって利かないというの。可笑しいでしょう。イナゴはスフが何故か大変すきなのですって。歯ざわりがいいのでしょう。スフの野良着をきて出ると、イナゴがワラワラとびついて来て忽ちくい切られてしまう。スフ入りイナゴとなるわけです。だからイナゴも去年迄よ。これは実際の話です、ですから野良着のことは本気な問題よ。計らざるユーモアです。
 山梨あたりも炭俵はホグシて、新聞の上へ炭を小さい山盛りにしてこれでいくらと売っている由。うちの炭は組合から一俵来ました。来月も来るでしょう。本月は去月配給しなかったところへ配給した由。春を待つ心切ですね。三月になれば炭の苦労はなくなるから。でもうちなんかまだ楽です、気持の標準が、炭なしのところにあるのだから。
 片山敏彦氏が、アランの「文学語録」を訳したのをくれました。この片山さんはロマン・ロランのスウィス時代親しくした唯一の日本人で、フランス語が専門で、パリでマルチネの家へつれて行ってくれたりした人ですが、アランの紹介をこの人がするのは結構です。というのはね、このアラン Alain という人は、自分の独特の用語をもっていて、それはむずかしいのです、それをそのむずかしさの面白さみたいな浅いところで浅野あたりが政治と文化や教育論などあつかっていて、現代日本の評論の内容虚脱の故の修辞性に又新しい迷彩法を与えようとしている。片山さんはそれを少くとも分る表現としてつたえようと努力しているから。興味がおありになるでしょうか、もしおありになるなら送りますけれども。
 片山さんという人は、フランス文学をやる人の中では珍しい本当のところの分るひとですが、つまり粋《シーク》から脱しているが、その代り又別の精神界へ住みついてしまったようなところあり。細君はピアノをひくの。お嬢さんが三人ですって。但し、家へは行ったことなくて、どんな小さい娘さんかは知らないが。
 おや、はっちゃん達がかえって来た。健ちゃんは来ていないのよ、二人は何と云っても気の
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