して、きりはなして勉強しろと云ったって、「うちの亭主は稼ぎがいい位にしか思っとらへん」ということになるのね。この頃の或種の若い人の生活の形です。だから、そういう気分の中であの奥さんどう暮して行くか。淡白なさらりとした大変にいい気質の人だけれど。淡白ということもやはり反面には、何かをもっているのだし。むずかしいものと思います。
 島田のこと、車については、前便にかいたとおり。二十一日に多賀ちゃん到着。私はそれから又大いに多忙なのだが何とかくり合わせて、もし出来たら年内にその宿題である眼の上のアザをとってしまうようにしましょう。年越しは多賀ちゃんもいるのだから、世間並にしなければいけまいが、それは多賀ちゃんとフヂエに一任します。藤江の弟が入営で、一月六日から家へかえりたい由。そして十五日ほど家にいて、又来るようにさせます。藤江の月給も私の月給ぐらいでやり切れないが、ひとが誰もいないよりはよいし、多賀ちゃんもこっちへ来る気持、医者がよいするのに留守居のないのもこまるし、こっちに人がいないからかえれないというようでもいけないし。マアいずれも来てからの話ですが。
 南江堂の本は、みんな? いかがですか。お役に立ちますか? ああいう類推というの? 私にはどうも真の科学性が感じられないでね、人間はもっと現実には微妙です、そう思います、生理だけで人間は生きない、そうじゃないかしら。例えば肥っている体のひとというのにしたって、ああなるほど、これは自分の心持そのままだというのはなかったわ。そういう不完全な科学性ということも分ってよいし。
 いま、下はひっそり閑としています、発ちゃんは母さんと医者へ出かけました。のりものがどれもその混みようと云ったらお話にならないの、きのうは発ちゃんが「ツブレルー」とうなった由。木炭不足で市バス半減の由。この暮はまったくしゅらの巷でしょうね。いろんな用事早くきりあげることです。
 この家が益※[#二の字点、1−2−22]よい家となります。省線に近いということだけで。黄バスの新橋行で大変便利して居りますが、それが半分に台数へっても、まだ助かりますから省線で。林町なんかおそろしいのよ、この頃は。上野、団子坂、東京駅と循環していたのが全廃になってしまいましたから、昔のように肴町まで歩くか、坂下の電車にのるかどっちかぎりです。きのうの新聞に或るデパートへフラリと
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