を云っている由。これは面白いわ、ね、生れもった才能に(それも十分には育たず)腰をおろしてしまう、実に多くが。今のような時代には世界の文学が、例外をのぞいて、そうなるのね。世智辛い世の中では文壇的特色の発揮に生存競争的な熱意をもっているのですから。文学のためというよりもね。勉学、勉学、よ。
 ああきょうはさむいことね。ものをこうして書いている息が白く見えます。そして手がかじかむ。火鉢に火を入れているのに。
 今年の十二月は思いがけず可笑しい月になりました。きょうから栄さんの妹母子が来ます。そして二十日からは多賀ちゃんでしょう。
 栄さんの妹の娘はまだ四つか五つなのだけれど、眼の手術をうけるとき、おきて毛布に体しっかりつつまれて、苦しいからウーウーとうなりながら、それでも泣くのこらえて四十分も手術をされるのですって。健気《けなげ》で、泣けるそうです。そして、すこしよくなって来て、これで、眼鏡をかければ弱視の程度にはゆく由です。東京には芝かどこかに弱視児童の学級があるそうです。しかしこの母子は新潟へ住むのです。学齢になれば、又栄さんがあずかるなり何なりして方法を立てるのでしょうが。
 林町のアカコはね、まだ頭の湿しんが快癒しないので、見参不可能です。下ぶくれの美人ですが、只今は赤くなってかゆがっていて可哀想です。でも、もうオックーンなどと云って、あやすとそれはそれは可愛ゆく笑うの。おっとりした気質らしい様です。
 太郎は目下かぜ気味。私も些か風邪ぎみ。
 どうぞお元気に。そして、のうのうとして、よみにくい字のものをよみながら御静養下さい。一ヵ月半でも私はすこし気が楽になったの。持続しますから、ともかくね。手紙いつ書いて下すったでしょうか。呉々お大切に。

 十二月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十二月十六日  第一一四信
 ゆうべ十時すぎにかえって来て、暗い茶の間からフヂエが郵便物をもって来たら、なかから思いがけない御褒美が出て来て、本当に本当にうれしゅうございました。
 速達は速達としてその日のうちにつきました。
 きのうはこの前の手紙にかいた通り世田ヶ谷行で、午後二時頃家を出て高野でポンカンを買って、てっちゃんのところへゆきました。やす子の眼がよほどよくなって来ていて、びっくりしました。すっかり仲よしになって遊んで、大笑いして。
 夕飯重治さんと
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