円とか請求がある由)少し気分がくしゃくしゃしているが元気と云っておよこしになりました。それだから慰問袋をあげようと思ってね。何およろこびかしらといろいろ考えた末、福袋のようなものさしあげます。それをあけると、こまこました女のものの半エリや帯どめ、羽織ひも、腰ひも、いろんなものが出て来るようなそんなものを送ってあげようと思います。きっと気がお変りになっていいでしょう。それから恒例の海苔《のり》と。野原へはのりで御免を蒙ります。冨美ちゃんには何か可愛いものを考えてやりましょうけれども。
 十四日には、十二月二日のつづきで出かけます。それから十五日はてっちゃんのところへよばれます。この前のがお流れだったので。十六日に又そちらへ行きましょう。やはり今月もあれこれと忙しい。婦人のためのものを一つ(二十枚ほど)。それから『文芸』の感想二つ。それから古典研究の叢書の別冊で現代文学篇が出ます(評論社)、そこへ今日(最近)の文学についての展望(四五年来の)五十―一〇〇をかきます。これは『文芸』に書いているものの本月書く分の先になってしまうけれども、婦人作家を主とせず全体としてかくから自分のためにもなり、一般のためにもなります。『文芸』のもつづけます。一杯一杯ね、今月はこれで。一月になってからは小説をゆっくりかきたいのです、あの、この間お話していた「三月の第三日曜日」を。これは本当にかきたい。たっぷりとね。「広場」はなかなかいい文句のところが消えてしまったので高い詩情というものが減っておしゅうございました。それでも消えない校正をくれましたが。例えば「ああ、われらいつの日にかその歌をうたわん」という声なき絶叫がある、朝子の感じる、そういうようなところね。非常に詩的[#「詩的」に傍点]なのに、ね。
 文学の規模の狭小さというものに、多くのひとはどの位の苦しさを感じているでしょうか。この頃実にそのことを感じます。各自の文学のいかもの性と狭さ、低さについて。このことを自分に即して感じて切ないわ。ぐるりを見まわしてやはり猶切ないわ。文学について、まともなるものをどの位欲するでしょう。ギューギュー小さくても何でもそのまともなるものを自分でこしらえてゆくしかない。そう思います。イブセンがこう云っているって。「生れ持った才能以上の何ものかを芸術に与えるためには、才能以上の情熱或は苦悩がいる」という意味
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