よく眠ってやりましたから(昼間もねておいて)大丈夫でした。御心配になるといけないから。でもやっぱりしらん顔で十時にねました、とも云えずね。「広場」つまりプロシチャージ、そういう題です。四十枚と二行。
 テーマは「おもかげ」のつづきで、そこに二年と何ヵ月の年月が経て、もうかえろうというときになって、朝子という女だけ、作家としてそこにとどまって働くように云われる。そのよろこび、感動。素子という女とのそういう人間的な問題についての感情のいきさつ。朝子は止まろうかどうしようかということについて非常に考え、自分が自分として書くべきものがどういうものでなければならないかということは、そこの三年の成長でわかって来ている。しかし作品として真実にそれを描けるだろうか、その生活の絵模様の中に自分が体で入って描き出している線というものはないことを考え、より困難のあるところへ今はかえることの方がより誠実な態度であると思う。「そのかげには保のいのちをも裏づけているこの三年よ、もし自分をここに止めようとする好意があるならば、これから自分が又ころんだりおきたりして経てゆこうとする、その態度もよみしてくれるだろう」そういう気持でかえる決心をする。そういうことです。保というのは「おもかげ」の中で語られている朝子の弟で、自殺した青年です。保という名で「伸子」の中に出ています、小さい男の子として、シクラメンの芽生を犬にふまれて泣いている子供として。朝子は「おもかげ」でも朝子。「一本の花」の中で只或る仕事をしてそれで自分の暮しも立ててゆく、それで女の生活の独立はあるように思われているが、人間の仕事とはそこに尽きるものだろうか、と職業と仕事との本質について疑いを抱く女が、朝子です。
 伸子は題名として今日では古典として明瞭になりすぎていて、人物の展開のためには、てれくさくてつかえなくなってしまっています。伸子、朝子、ひろ子、そういう道で脱皮してゆきます、面白いわね。朝子は重吉の出現までの一人の女に与えられたよび名です。朝子が万惣の二階で野菜サンドウィッチをたべるような情景から、彼女はひろ子となりかかるのです。そして、それからはずっとひろ子。
「広場」では、これまでのどの小説もなかった一つの主題を最も健全に扱っていると信じます。そのことでは小さいながら一つの大きい意味があります、尤もそこいらの月評家にこれは分
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