人間としての成長を随分責任を帯びて考えますから。何かまとめさせたいと思いもするから。でも女が、どこの台所へ行っても二時間もすれば大体働きがのみこめる、というのは意味深長なことですね。台所の仕事というものがそれ位一般性に立っているのだからもっともっと共同的に出来てしかるべきですね。では二十二日にね。二十一日にはおことづけはいくらでも。では。

 十一月二十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 第一〇八信
 きょうはおだやかな日でしたね、暖かくて。私は気づかれが出たようになってボンやりして居ります。一昨日心祝いに買った花を眺めながら。
 この数日来私は本当に本当に、という工合だったものだから。どうか益※[#二の字点、1−2−22]お大切に。ああ、それでも手は膨れて居りませんから御安心下さい。本当はこんな手紙かいていないでほかのものを書かなければいけないのだけれども。例の芭蕉を。でもマア芭蕉さんはちょっとそちらにいて頂いて、というわけです。
 きょうお母さんからお手紙でした。てっちゃんは島田へ行ってね、あなたの代りと云ってお墓詣りをしてくれましたそうです。そして一泊して次の日は虹ヶ浜へ行ったりして(お母さんと)その夜もゆっくりして、「親孝行をなさるようなお心持で万事につけ私をいたわって下され息子たちに会ったような心持がして」と云っておよこしになりました。てっちゃんの面目躍如として居ります。お母さんのこのお手紙をよんで、私が去年十二月二十三日かに盲腸をやって病院にかつぎこまれたとき、偶然目白へ来たと云ってすぐあとから追って来て、私のベッドのわきに立ったときのてっちゃんの心痛溢れた顔つきを思い出します。あのときのてっちゃんの顔は咲枝も寿江子もよく云います。そういう顔でした。てっちゃんにはそういうところがあるのですね。自分が家庭生活を落付いてやるようになって、そういう面が素直に流露するようになって、友達としてもうれしゅうございます。あのひとの親切な心は勿論、ね。お母さんも思いがけずにおいででさぞお気分が変ったでしょう、ようございました。
 この暮は自家用車のガソリンは配給なしになるそうです、国男テクシーになるわけです、父は五十すぎるまで電車にのって往復していたのですものね、国男なんかそれで結構です。石炭と炭については、消費組合の配給でどうにかやってゆけそうですから
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