ときに「その年」のあるということは、いくらかのよろこびです、わが心への、ね。
それから例のかきかけの長いのをちゃんとかけて。そしたら、うれしいわね。
「赤い貨車」というようなものは、かかれていることより、ああいう焦点であれをかいた作者の成長の節がおもしろいので、そこから、どっさり啓蒙的旅行記をかくようになったその間のジャンクションが、内面から作品化されていないということは、やはり注意をひくところですね。当時のいろいろのこととの関係で。自身として現実の個人の事情にまけていたこともわかります。
九年の一月に「鏡餅」という短いのがあるのです。三月ごろの『新潮』にのったので。これは私としては作の出来如何にかかわらず忘られないものですが。「乳房」のなかの女主人公ひろ子のその頃の心持です。ひろ子というのは重吉の妻です。
十五日午後
さあ、やっと終り「おもかげ」二十五枚。「一本の花」から「赤い貨車」、それから一つのジャンクションとなるものとしての作品です。こうしてポツポツぬかされた生活の鋪道を手入れしてゆくわけでしょうか。
長襦袢と羽織の小包つくって出しに出かける迄にこれをまとめようとしたが駄目。速達の時間はたっぷりなのですが十三銭ではこまるから、四時までに郵便局にかけつけるというわけです。
きょうはきのう一昨日にくらべて何と暖いでしょうね。これではやはり風邪のもと、ね。今市場からタラや野菜を入れた風呂敷づつみをぶら下げ、片方にはそこの古本やで買った本もって、かえってきたら汗ばみました。
さっき『新女苑』のひとが来て、芭蕉のことについて、つまりああいう芸術が日本人の心の一つの峰になっている、そのことについていろいろ書いてほしいと云います。面白いからひきうけた。私は、「伸子」時代相当傾倒したのだから。感覚の上でのことですが、現実をつかんでゆく。今どう考え感じるであろうと面白いからひきうけました。その内に入らず生活の今日の感覚で見て行って、そこに私のかく意味があるのですと思う。いろいろ云えそうで面白がっている次第です。芭蕉は女の生活などをどう見て感じていたのでしょうね。そういうことも、やはり心に浮いて来ます。
『文芸』に稲ちゃんが堀辰雄におくる手紙(相互的)かいていて(ロバ時代の旧友)。堀は稲ちゃんがアテネフランセにかよう月謝を出し、ときには自分で教えたのですって、西沢
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