わまったり)流行があって、この間小山書店の若い男余りキチンと袴はいて、そのヒダのような形して玄関に立っているので、どこの何者かと、思わずキッとなって、あとで大笑いしてしまいました。変な奴と思ったの、実は。すこし正気で、ないんじゃないかと思ったのでした。あっ、こんなこと内緒内緒。彼はおそらく大した芸心によってその紺絣をきて袴はいているのでしょうからね。そういう形式が感覚へ入って来ている。文芸批評の本もののないことが、この流行一つだってうなずけます。あたり前の心持でいるんじゃないのだから。
   小説をこねながら。
「貧しき人々の群」、それから「伸子」、「一本の花」から「赤い貨車」、それから「小祝の一家」、「乳房」、この間にまだ書かれていなくて、しかも生活的には意味深いいくつかのテーマがあります。「赤い貨車」から「小祝の一家」までの間で。今書こうとしているものなどは、そのブランクを埋めるものですね。前の手紙で一寸かいたようなものだから。ごく短い「阪」というのを知っていらしたかしら。これもやはり質においてこの間に入るべきものです。でもこれは全くほんの小さい部分を小さくかかれているきりで、(小説ではなかったから)生活の成長とともにあらわれる作品の体系というものを考えます。全集というものの意味についても考えます。ね、いろんな題材をかきこなしているというそういう全集の展望もある。作者の一つの主観でまとめられた世界がうかがわれるというそういう全集もある(夏目、志賀等)。社会のいろんな問題が一杯あるという全集もある(トルストイ)。それから、歴史と個人との活々とした関係が、作品の成長生活の成長の足どりを一つから一つへと語っている、そういう全集が日本にいくつあるでしょうか、人生の見かたの所謂完成の姿はあり、それなりなり成った道はあります、宇野にしたってそうです。けれども作品の体系そのものが生活というものの方向と発展において一つの芸術を語っているようなそういう全集。一つ一つと作品を生んでゆく、その生活そのものが、作品以前の芸術であるという感じ、そのものを完成させようという希望(仕事とともに)、そういう生きる思意が漲った全集。そういうものをのこせたら作家はもって瞑すべしですね。
 私はこれから、この点を考えて作品を書いてゆきます。
 でも「刻々」の時期に「刻々」があり、「その年」のあるべき
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