の中にも lady novelist だっているのです、どこの国にも。例外は他にしては。
 そして、どうも日本の作家が十分参加する特権がありそうです、というのはね、この批評家紫式部をあげて彼女の目が社会性をもっているとほめているのですから。でもクスクス笑える。どこの批評家も、余りひとの知らない人物をひっぱって来るのは癖だと思って。あちらで式部、こちらでジイドというのかと思うと大笑いね。

 十月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十月二十九日  第一〇一信
 二十七日づけのお手紙をどうもありがとう。みみかきなんかこれまでもっていらっしゃらなかったでしょうか。もっていらしたのだが、これは又これとして御愛顧を蒙るわけでしょうか。どうかよろしくね。
 バラはどんな色でしょう。バラ、フリージア、菊、マア色どりゆたかでいらっしゃるわけですね。
 康ちゃん、本当にそうです、善良そうです。奥さんの澄子さんというひとが、なかなかじみでさっぱりしていて、小市民的な心持の範囲でながらくどくない気質ですから、多分にそれが加っている様です。ニコニコしていたの? いいこと! 行きにうちへ一寸よっておむつかえたりして遊んだとき、柿をしゃぶって食餉のまわりぐるぐるつかまって歩いてやっぱり笑って居りました。太郎はあなたにおめにかかって笑わなかったでしょう。あれはああいうのよ。アババをやって見せたというのは実に実に愉快。てっちゃんどんなにうれしかったでしょう。お礼の手紙を出しましょう。
 全集五巻というのは、何だか話がゆきちがいましたが、ウリヤーノウの、おっしゃっていらしたもののことですが。この間からずっとさがしていた分。改造文庫にといっていらした分、それです。
『朝日』に真船豊が作品月評をかいています。このひとは自分が戯曲だからか、小説の文章という方からだけ一貫してものを云っていて、鏡花だの万太郎だのと云い、よろしくないのですが(北原武夫の芸[#「芸」に傍点]論に拍車をかけるから、大局的に。北原武夫というのは宇野千代の良人)「杉垣」のこと、胸を打つ文章として語って居ます。このひとの考えかたによると、「杉垣」の胸をうつのは、沈潜した、思索的な文章でかいてあるから云々というようなところで、何だかピントが狂っていますが。
 去年じゅうの手紙のこと、大変思いやりのこもっている温い心持で
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