ヨ来てお客、パリでお客、どちらでもエトランゼ。一つの女の生活ね、こういう女のひとのタイプと鹿子木夫人の生きる一生対比されて、女がかくべき女の生涯と思います。ドイツで員信博士になるにはこの哲学専攻の夫人、実に内助の功あったのでしょう、今別になって員信先生は精動で活動です。夫人はポーランドに父、ドイツに兄、その二人のところを旅行している娘をもっている。そして自分は語学教師として働いて暮している、もう老年のひとです。是也の細君のようなのは新しいタイプですが。特殊な環境での。家族的な条件に於ても。菊子夫人というのを見ていろいろ感じました。単純な世話女房風の気質の人なのにね、それ以上つっこんだ気質でもないらしいのにね。それからこれは大変可笑しい感想ですが、どうしてフランスと日本の間の女のひとは大きい鼻なのでしょう、不思議と思った、まず鼻が目に入る。佐藤美子というソプラノ、このひともハナのお美《ヨシ》という名あり、関屋敏子しかり。本野の夫人しかり、そしてこの夫人もそうです。骨格の関係で目立つのね、関係上。それだけ大きいのでもないだろうのに。
 私の小説は題が見つからないで閉口して「杉垣」としました。同じ杉垣の家ながら、なかでの生きる心持は時代により人によりちがいます、その意味で。慎一という男、妻は峯子、照子という女の子一人。小さい勤め人。今日の生活の不安な感情。しかし、いろいろに時代的に動こうとは思わない。妻も、よく理屈は云えないが、其の心持でいる。夏、西の方に一間の窓がひらいていて、そこから消防の物見など見える家。夜、峯子がふと目がさめる。しゅりゅん、しゅりゅんという、いかにも的確な迅い鉄のバネの音をきく。良人の生々としてよく眠っている暖い肉体を自分の頬の下に感じつつ、切ない心持でそれをじっときいている。幾晩もそうして目がさめ、こうしてきいている。しかし良人にはそのことが云えない。感情が余り切実だから。表現が分らない。その音が或夜やんでいる。やんでいる。峯子は涙が出て、良人に唇をもってゆく。よく眠っている慎一は、少年ぽくむにゃむにゃで応える。峯子思わず笑う。そんな経験は慎一がいつ留守になるかもしれないという条件とともに二三年のうちに峯子の生活感情をかえた。十年計画で月三十円の月賦で、集合住宅をたてるというような友人の誘いをうけるが、峯子にはそういう生活の感情が実感にとおい。峯
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