いろ小言だらだらでも、やはり奥さんを柱として居られる。窓をあけようとしているのを、お前はあぶないから人にさせろと云ったりしている様子は、なかなか心にのこる情景です。なるたけ見舞ってあげたいと考えました。
 芝の方の弁護士の方は旅行中、二十三四日以後に会うことにしておきましたから、どうぞそのおつもりで。それから二ヵ月ぶりで栄さんのところへ行って夕刻夕立の中をかえって来たら(ぜいたくをしてタクシーで)何だか苦笑してしまいました。丸善から三月二十二日づけ御注文のペンギン Book 二冊といって通知が来ているのですもの。けさあやまったのに損をしてしまった、と思って全く可笑しくひとり笑いました。
 伊勢さんのひとの方のことも見当つきましたから、早速そのように相談いたします。兄弟の方々が何とか出来るのですって。そしてその方がやはりよろしいでしょう。困難なことではないのだそうです。でもやっぱり血統とでもいうように大まかなのね。それに台湾だの朝鮮だのですから無理もないのでしょうが。

 八月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 八月二十日  第八十信
 只今電報いただきました(午後二時半)。きょうは日曜日故明日早速そのように手くばりしてなるたけ早く製本させましょう。
 きのう栗林氏に、兵役法についての時日のこと、総目録のこと、期日表のこと、など話し、紙に書いたのを渡しておきました。月曜日に参る由。モオラアの本ともう一冊二冊かペンギンも明日送り出します。実際このペンギンには笑ってしまう。
 きょうはすっかり夏の終りの雨の日という感じですね。稲ちゃん、鶴さんが熱を出してかえっているそうです。子供二人は保田。こんな雨の日、海岸の家で子供たちの心持、考えるとなかなか面白い。私は七つぐらいのときかしら、一夏大磯の妙大?寺という寺の座敷をかりて弟たちとつれて行って貰ったことがあって、そのときの雨の日の気分が思い出されました。それっきり夏の海というものは知りません。あとはよく郡山のおばあさんのところへ行き、一度ほど沓掛かへ行き、一度信州へゆき(これはお話をしに)そんなものです。こういう雨の日にきつくなって肌にまつわりつくような潮の匂い、雨だれのところに這い出すカニ、そんなことを思い出します。虹ヶ浜の夏にもやっぱりこんな雨の日があったでしょうね、そして、きっと独特な一日の風情
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