Aせめて乙下のレコードくずさず働くつもりです。どうかうまくゆくようにと思って居ります。忙しいのも九月上旬、出勤も同じぐらいの日どりですから。
おや、国男、太郎、ああちゃんと赤コチャンのところからかえって来ました、夕飯私一人でした。だからこれもかけたようなものです。昨夜太郎泣いてね。私たち何を云っても泣きわめいていたら十時すぎお父さんかえって、鯨がアンモをたべたという話をしたら、三分ぐらい眠ってしまいました。実にこのききめと云ったら! この太郎め、と、自分にも同じききめのあるもの思いながら笑ってしまいました。夜冷えにならないようにね。風邪おひきにならないようにね。では又。
八月十八日夜 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
八月十八日夜 第七十九信
あれから代々木上原へゆきました。なかなかお見舞にはゆきにくいし、これから先は一層時間がないから。新宿へまわって中村屋でアイスクリームを買って下げて。上原の駅からすぐのところでした。
家は夏であけ放していて、大連の方に行っている娘さんが三人子供をつれて来ていたりして(おみまいに)賑やかですが落付かない。庭のところで浴衣がけの老人が南瓜の前に佇んでいられるので、まあお庭ですか、とびっくりしたら、ああよく来た、よく来たと御老人すっかりよろこび、そわそわして、部屋へ上ったら、あ、私の太陽が来た、これは私のエンジェルだ、となかなかレトリカルで、こういう歓迎の辞をのべ、且つ握手する礼儀を、あなたがなさらないのは、遺憾千万であると申さねばなりますまい。
お母さんはこの前お見かけしたよりやつれて居られるのに、却って何とも云えませんでした。この頃はなかなか御苦労様だそうでと申しました。そして、少しずつ一日に何回でもものをあがるように、お茶をのむところはスープをつめたくしておいて、という風にして滋養をおとりになるようにとよく注意いたしました。それでもしっかりして一言の愚痴が出ません。立派なものです。かえるとき私は、御気丈だからよけいなことは申しあげませんが本当にお大切に、といって来ました。本年じゅういかがかというのは出たら目でなく感じました。待つ時間といえば一ヵ年と一ヵ月ですから。秋になって又上りますといって来ました。
御隠居様になって居られない条件が、ああやってまだあの老夫人を動かしているのです。おじい様は口でい
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