魔フ安産でした。可愛い女の子よ。家のしるしで、やっぱりくっきりと[#図13、唇の絵]こういう山形の上唇をして。体重は七百六十匁。すこし軽めです。けれども実に張りきった声で音吐朗々と啼《な》き、男の子のような勢です。可愛いこと! 小さい小さい顔よ。鼻の頭すこし擦れて、短時間に生れたから楽でね、息づかいも柔らかに赤いふとんかけている。夜あけの町の物音、つゆにぬれているプラタナスの葉っぱの色。自動車ひろいに出たらまだ閉っている店の前に咲いていた一輪の朝顔、みんな新鮮で。何だかすこし涙っぽいような心持でした。太郎のときはこの味知りません。上落合の家で、父が「オトコノコアンザン」と電報くれただけだったから。はじめて父親になったひと小説かきたくなるわけね。平凡事ながらやはり決して平凡ではありません。二人でこの赤ん坊見たいと思いました。又いまにあっこおばちゃんのおじちゃんに御対面ねがいます、私が抱いて行くわ。あなたにもはじめての姪ですね。
午後から国男、アボチン改称お兄ちゃん同伴、初対面に出かけます。島田からもおきき下すっていますから御通知いたしましょう。克ちゃんの御良人、十日に岡山へ応召した由、ふと克ちゃん、もしやお母さんになるのではなかろうかと思ったりしました。
今池田さんから電話。お役所の用で来て、十五日ごろまでいる由です。
きのう、本をひっくりかえしていたら「化粧」という詩が目につきました。ごく簡素な清潔な感覚で、女が自分の愛するものにふれられたところを、湯上りに特別の愛着で、ゆっくりと自分たちの情愛への心をこめて、化粧する。そういう詩です。ソネットね。なかなか趣深うございました。
速達(十一日)もう御覧になったでしょう。九年度年かんと一緒の『メチニコフ伝』はいつぞや『ミケルアンジェロ』をくれた人が、あなたへとわざわざ合本してくれたものです。どんな本かしら。こんなものをユリにかかせたいと思いになるものかしら。私はよんで居りませんが。どうもこの奥さん、自分の気持にだけ入って書いているのではないかと思いましたが。献詞を見て。親愛なる彼[#「彼」に傍点]とは妙だわ。では呉々お大切に。
八月十七日夜 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
八月十七日夜 第七十八信
きょうは大変長時間で、うちへかえって来たのが七時でした、タクシーにのってその時間。六時半ま
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