いました。快活さのうちに、軽そうな足どりの中に、見えざる感覚への抵抗が常にかくされていて、神経質なところがありました。手術して見たらそのことがはっきりわかって、両肩の力がぬけて楽になったとともに内面の緊張もとれている。小さいようだが心身ともに相当影響しました。僅か六センチ足らずの突起のおかげで。私のむしが退治されたことは二様に好結果をもたらしていると思って居ります。いろいろと複雑な条件の中では、一つの肉体的な手術が様々に反映するから面白いものですね。
 二十五六日ごろの御心配かけたことについては、本当にすみませんでした。これからは(マア度々あっては閉口ですが)気をつけましょう。ボーとしていて、しかも妙に鉢のことなんか気がついて、妙だった。新法学全集は、早速全集見本を見ましょう。この間実物を見たらすっかり装幀の出来た本だったと思ったのですが。何か間違ったのだろうかしら。達治さんの『世界知識』は届いて居ます。事務的にことを処理するコツが今日のことを明日にのばさないところに在るのは実際です。大体その心がけでやってゆくつもり。つもりを一層具体的にいたしましょう。
 この三十日が父の三年祭です。(神道)そして母の五年にも当る。何も特別なことはしないつもりの由。林町で神官をよんで式をして、それから青山へお詣りにゆくでしょう。この式や墓参には私も出るつもりです。寿江子もこれをすまして伊豆へゆくと云ってまだこちらに居ます。伊豆と云えば、「生活の探求」は「正月の騒ぎがすんでから」伊豆の温泉へ川端、深田等々氏と出かけて、出京、中央公論社の用事をすませて両国の某という料理店へ車を駆る、というような日記をかいて居ます。作家の日記というものはなかなか感想をそそる。稲ちゃんは、『新潮』の口絵の写真にそえた文章で、この数年間自分は写真をとるとき笑ってしまう癖がついているが今日は笑っていない。これからは又元にかえって写真機の前で笑わなくなるだろうと思う。ただ目だけは子供のようにハッキリあいていたい、と書いている。これなども実にいろいろ感じられる言葉ですね。成長、自分の力で成長してゆこうとする努力の、そのときどきの姿がまざまざとうつっている。楽でなさが私などには犇《ひし》とわかる。
 明日出かけるのをたのしみにしているのですが、あしたの晩は眠れるかしら。十七日の夜はね、ああ何と眼の中がいい心持に楽に
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