アと、でもわかるところもある、そうでしょう? どうぞ猶々お大切に、ピム、パムからよろしく。
七月三十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
七月三十日 第七十信
その後、お工合はいかがですか。一昨日弁護士が行ったとき、余り時間がなかったのでしょうか。体どんな風でした? ときのう会ったとき訊いたら、元気のようにして居られましたがと漠然としていた。きのうは風があって、すこし凌ぎようございましたね。涼しい夜は少しは寝よくいらっしゃるでしょう? 寝汗はいかが? 食慾はどうでしょう。
きょうから十五日まで日比谷は休みになります[自注22]。あなたが十月三日といっていらしたのは、私の伺いちがいかもしれないけれど、十月三日からでなくて九月三十日から四日間で一日延びて、三日、なのですてっね。十月三日からではないのですね。私は三日[自注23]からになったようにおききしたけれど。それは私のきき間違えなのです。わかっていらっしゃると思いますけれども念のために、きのう三人の人たち[自注24]が、四日つづけてでは体がとても無理だといっていました。そうと思います。まあ、それは又そのときのこととして。〔中略〕
純真な一人の婦人を死に到らしめた例として、自殺した若い女の人の立場について全く正しい同情が示されたのもうなずけました。本当に女への態度は雄弁ですものね。男のありきたりの世界では、それが一通り通用しているから。金銭関係、婦人関係、それらの歪みが何によってもたらされたかということの解説など、わかっている人には分っていることであるでしょうが、なおその上にも分らせられてよい点ですね。逆の面からみて、面白いと思う。誰でもそういう面にはひとかたならない関心を(自覚しているといないにかかわらず内心奥深く抱いているということが)きく顔々にもあらわれるから[自注25]。
現実の多角的な鋭さ、錯綜を実に感じます。リアリズムというものの過去の限界についても考える。例えばここに一人の女がある。そして全く善意ではあるが、ある理性の内容の不足から大きい悲劇がもたらされたとする。昔のリアリズムは、たとえば大石内蔵助の臆病心をあばいたように、そこに、その女の英雄崇拝や名誉心や盲信を描き出したとして、それが何のこんにちの意味をもつリアリズムでしょう、ねえ。
どんな偉い人間にも、普通の人としての
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