ノお会いして、科学的立場ということについてのお話を伺いました。
きょうはそれから新宿へ行って島田へお送りするものを注文して発送させ、達ちゃん、隆ちゃんたちへの慰問袋を二つこしらえて発送。今度は十七日以前にしてしまわないと、又何や彼でおくれるといけませんですから。これで一先ず安心です。それから栗林さんの追加分、全体で三ですから二を今、あとの一を後《のち》にわたす分への追加として、それもすっかりすみ。少なからず満足のようです。仰云った通りにしてこれもようございました。
この間のお手紙で、ユリすこしやせるかなと笑っていらしったけれど、どうも予言的中らしゅうございます。しかも、それは、ひとから見ればちっとも分らないどころか全く円いという事情故、閉口ね。いろいろでやせる次第です。
咲枝ちゃん早く赤んぼうんでくれるといいと思います。只今お医者のところへ行って留守。太郎もどっかで遊んでいて家の中はしずかです。きょうは扇子をつかっていながら、空間というものと、その空間をみたすいろいろのものについて感想しきりでした。人間が、その理性によって天体をわがものとしたということは、何というよろこびと、ほこりでしょう。直感の経験では分らない空間を、測定し、把握し、その運行をとらえたのは、何という人間らしいひろがりでしょう。空間の主人であり得るということは、時に人間のほこりであり、時に反対物でもあります。科学という名で生じることもある。
文学が、文学性という言葉でいろいろ逸脱してゆくのは意味ふかい見ものです。自分の心持を文学性という表現で通用させて。芥川賞の中里恒子は、中村武羅夫あたりが、教養の高さをしきりに云々している。武羅夫の通俗作家的立場での内容の教養であるにかかわらず。々々性というとき、大変絶対的、普遍的、超私的のもののような表現をもちいるのが通例で、しかもリアリスト作家の目には、その絶対性の使いかたの自在性が、まざまざとしているわけだから、作品評というものも一通りならぬものですね。
明日は、又一日日比谷。翌日はどういたしましょうね、栗林さんが出かけると云って居ますから、私はその次一日おいて十六日に行こうかしら。余り、しかしそれでは飛ぶようでもあり。十四日に行って見ましょう。心がかりですから。熱をお出しにならないように、と思って居ります。熱を出したりしたくないから、いろいろ考え
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