閧ワすが、それでもやはり。だからアメリカのヘルパア(手伝い)と云われているようなのが、私には一番いいのでしょう。時間きめて、朝、夕、手つだってくれて、その余の時間はその人としての勉強なりあって、そのために家事手伝いもするというようなのならば。いる方も気分がちがい、自主性をもっているから。然しそんなのはありませんから(社会全体の事情から。学校だって、一日三四時間のところはありませんから)。私ももしかしたらいろいろ細部を改良して一人でやってゆけるようにした方が、いいのかもしれません。ただ、一人っきりがいやだが。今のところは余りこだわって居りません、仕事ギューギューで。めっぱりこですから、人柄がなかなか問題でね、そのこともあって(何でもひっぱって来ていて貰おうとは思わぬ次第です)。
 ローゼンベルグの本は、買ったのは白揚社版で三冊『経済学史』です。ナウカでゆずった、その同じものではないでしょうか(版をゆずったのではないでしょうか、閉店のとき)。
 本月は、読書の方すこししか出来なくて、きまりわるいと思います。たった百五十頁ばかり。御かんべん。
 就寝で、おきまりをはずれたのは、さあ、どの位かしら(と、手帖を出しかけて、全くこれはエンマ帖ね。)まず手近く、昨日(書きもの終るため、十二時)それから二十四日(小説「日々の映り」)書いていて。十九日、十三日、いずれも林町へ行って。一日が音楽ききに行って。一番おそかったのが二十四日の一時十分前ぐらいです。大体五日です、これは尤も十一時以後になった分ですが。十時と十一時、その間はマアということにして。仕事する、体うごかす、よくよくでなければ早くおねんねの方が自分にとっても、好都合ですから、次第に義務感から自分の便宜になって来ている。全くこういう暮しの形でヒステリーおこさずにやるのは一つはそのことも大いにあずかって力があるのです。朝、元ですと、まだ眠りたりないのに御用ききにおこされる、たのまなければこまる、まず朝が苦手でした。今は悠々です。でも本当にいいときに盲腸切ったとお思いになるでしょう? 事々につけてそう思って居ります。
 きょうは何日ぶりかで、この手紙に長い長い時間をかけました。又明日から四日か五日の朝まで眼玉グリグリですから。おったて腰のような手紙かくことになるでしょうから。独逸《ドイツ》語の先生の批評はね、主題はまことに立派
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