ゥし、新書の読者のためには謂わば、ああいう説明そのものさえ有益でしょうから。仮名づかいはやっぱり腑におちかねるところが、或正しいカンでもあるのね。この頃は一般に、大変漢字をすこし使う文章をかきます、皆が。数年前の方向とは逆の方からのはやりとして。或種の思想家[#「思想家」に傍点]は特にそれを特徴とさえしている。
起床、就床。これはもうやや(ケンソンして)癖になりかかりました。体の調子が、ちがうのですものね。早ね、早おきがずっとされていると。仰云るようにして見ましょう。勉強、これは余りえばれません、十日以後は。今からおふくみおき願いますが。座談会の話、十分によくわかりました。そういう点では無頓着にしていないのですから、これからも猶気をつけましょう。
「はたらく一家」のこと、あれだけでも、きょう云われていることの意味は分っていました。わざわざありがとう。私は笑われるかもしれないが、こういうことに関しては、どんなに省略的にかかれていても恐らくよみちがえていうことは決してしないのです。よみちがえるというより、省略が即ちピシリという感じで来るときだけ、云わば読みちがいでもない、何というか、とにかく、変に強く感じて、汗を出したりするだけです。家庭物語や思い出というものがそういう意味で緑の原となるのは、やはり作者が、そこに流れている歴史の波と人との関係をはっきり把えているときだけであると思います。そういう点でしっかりつかまえて云うことが出来れば、こういうものも面白いものです。必要でさえあると思います。
「マリイの仕事場」などはそんな点からも面白うございます。これはなかなかいい小説の一つです、近くお送りしましょう。隆二さんの詩の話、(きょうお話した)すぐ思い出して下さってようございました、いつかからお話ししようとしていたことでしたから。その詩性についての私の解釈の誤っていなかったことも確実となって。
重治さん、『改造』に詩をかきました、バーンズとハイネの諧謔詩をまぜ合わせたような詩です。高すぎる本を買ってしょげたが、息子にその本をつたえよう、孫にその本をつたえよう、息子がおやじがおれにくれた本と云って孫につたえる、そういうような詩。極めて詩的でない云いかたで紹介して、わるいけれど、マアそんな風です。
さて、きょうは私はホクホクデイなわけです。朝こんなおくりものを頂き、そして、
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