゙、そういうのですね。食堂のファイアプレイスのよこの棚をそういう本の棚にすればよいと云って居ります。さがしてよむのは本ずき、手近にあるのでよむ、それが普通。本のない家庭というのはいけません。太郎のためにそろそろ心がけなければ。
二十三日に工合が格別でなくておめにかかれればうれしいと思います。先月は八日以後は三度でしたが、本月きのうまでで三度でしたね。二十三日の後もう一度月末ぐらいという割合でしょうか。もしかすると遠いから無理でしょうか。無理かもしれませんね、用がさし迫らなければ、私は辛棒いたしましょうか。
夏のかぜというのは妙なものですね。ぬけにくいということはきいて居りますが、本当にぬけにくいこと。汗をかく、ゾーとする、クシャミスル、ハナが出ル。そういうことがくりかえされるのです。こうだからとそちらの大変さがわかるようです。
市内の赤痢は相当です。物価があがったから原料など惜しみます。そこからも原因がある。いろいろの世事。葦平が若松市の高額納税の第六位で一万何千とかをおさめるとか。古谷綱武という評論家(でしょうか)は独特な人ですね、『丹羽文雄選集』の編輯者となって、一巻毎に解説年表その他古典に対すると同じことをやっている。トーチカ心臓の世渡り二人組。林芙美でさえ、歎じて曰ク「男のかたは皆いいお友達をおもちだから」云々と。それは横光=秀雄などというコンビネーションについての場合だそうですが。
私は人の心のすがすがしさを求めます。誠意の安らかさと、つきぬ深さとをもとめます。そして、この渇望が、この頁の第一行めに結ばれるのです。はげしく、激しく。こうかくと、自分がまだどんなに光の源泉、安らいと励しの泉というようなたのもしい人物からは遠いかがしみじみとわかりますね。求めることにおけるアクティヴ。これはいろいろに考えられますから。考えの糸はまだつながって居りますが、一応これで。お大切に、どうぞ大切にね、
六月二十二日夜 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
六月二十一日 第五十四信
この手紙は、さっきの手紙を書き終ってから下の四畳半へ引こしをして、旅行からかえって来た足につぎのあったカリンの四角い台をおいてそしてかき出しました。ここは右手に窓があってそこから光線が入るものだから、書く手元にうすい手とペンの影が落ちて、何だかシュールリアリストの「手紙」
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