。整の「幽鬼の街」と「村」の批評をかいて九州へ送り、郵便局からかえって来たら、いろいろの人が珍しく来ました。いやに母子づれが多いのは可笑しゅうございました。松山さんの奥さん、息子をはじめ。松山さんの息子は松山さんと奥さんとに似ているのですが、その特徴を合わされた小さい顔を一つだけはなして見ると、どこか徳田秋声に似ているの。何だか面白く思いました、その子が「おブー」なんかと云っているのは。
女中さんのこと来る人ごとにそれはいけないと云って心配してくれ、すこし当がつきました。二人。一人は九月頃以後、もう一人の方はいつ頃か不明。しかし、いずれも農繁期ですから、秋に入ってということになるでしょう。本年はどこでも蚕の値上りで、例年より多くはき立てたのだそうです。それでも、皆が心配してくれて、うれしゅうございます。やっぱりひとりだと、仕事している間食事の仕度してくれるものがないから、それが終ってからフラフラぐらいでやるから。
くたびれて早く横になっていたら寿江子が来て、泊りましたから、ゆうべはのうのうとして眠りました。きょうはこれから、これを出しがてら、一つ電報をナゴヤの帝大へ送ります、何の間違いか感想のようなものと思っていて、ゆうべよく手紙よんだら短篇です、それではきょう中には駄目ですから。いろいろの大学が何となし地方色や特長をもっているのを見くらべるのは興味があります。先方とすれば一本の糸が私につながっているぎりですが、私の方から見れば、すこし大きく云えば日本中だから。
阿部知二は法政の教師ですが、『中公』にオックスフォードの十二人の学生が、「われは戦うか?」という題でそれぞれ執筆した論文集について感想をかき、マアその感想は小説「幸福」に類似の迷路ばりですが、その中に自分の接触した学生で上流の学生は時局認識がうすいというようなことを云い、オックスフォードのお歴々の息子たちが、それぞれ自分の現実の問題として「ウッド・アイ・ファイト?」という問いに答えていることをのべて居ります。自分の現実の問題というところへ、考えの重点をおくよう、云って居て、それはそれだけ見て当っていますが、抑※[#二の字点、1−2−22]この自分[#「自分」に傍点]というものが、実に多面な困難にぶつかっているわけですから。
きのう『婦人公論』が来て、いつぞや一寸かいたと思いますが、「私の不幸」という
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