ト、寿江子は又テクニックの上で不親切な教えかたと、フンガイして居りました。
ではこれから勉強。きのういろいろひっくりかえしていたら明治初年に日本に入って来た洋楽についての文献が見つかって、寿江子「ありがとう」の連発でした。この机と椅子、丁度家のと同じくらいです。これにフットストールがあれば相当の長時間ねばれますね。図書係の人がもととかわっていました。そして割合親切になっている。私の方がおばちゃんになったせいかしら。窓は高く、大きく、そとに楓の若葉の梢が見えます。
そう云えば、きのう、うちの門を入ったところの樫が一本枯れていたら新しいのと植え代えました。そして可笑しいことは(ひさの話)二人の植木屋がヒソヒソ小さい声で話しているので、じっときいていたら「かまやしない、かっぱらっちまえ」と云っている。「何をかっぱらうのでしょう、きっと林さんの何かでしょう」と目玉をクリクリさせました。「サア、どろぼーの意味か、枝でもかまわずらんぼうにかっぱらっちまえと云ったのか、何しろ植木屋だから私にも分らないね。」と大笑い。ひさにやる帯仕立上って来ました。立派になって。きょう、ひさは買いものに出かけて居ります。大変短くて御免下さい。相当埃くさいのがつんであるから、では、ね。
六月六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
六月五日 第四十七信
きのうは失礼いたしました。(手紙かかなかったこと)
きょうは又何と夏の暑さでしたろう。若葉を風がひるがえして吹く濡縁のところで、その風にひるがえるあなたの紺がすりの着物を眺めました。御気分どうでしょう。きょうは暑すぎるだろう、そう思いました。仕事していると、じっとり汗ばんで来ましたから。
きのう一日ねばっていて、きょうは書きあがる予定のところすこしのこりました。くたびれたから無理に押さず、明日にまわします。明治二十年から三十年ぐらいまでの世の中、文学作品、とくに女の書いたものとの関係で見るとき実に複雑ですね。一種の復古時代ですから。今書いているのは一葉の作品の完成性の考え直しで終り、今日一葉が再出現していることについての質問で終るのですが、それにひきつづく自然主義文学の時代に、婦人作家は何故水野仙子一人しかいなかったかということ、改めてかきたいと思います。これはなかなか面白い点であると思います、ヨーロッパの文学の中を見くらべ
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