ネって見れば非常なプラスです。曰ク、「もしお姉様と同じ仕事なんかだったら、きっとやらなくなっちゃうだろう。」これは分る心持ですね。この頃は、生活の現実の中にはまりこんでいなくては、ちゃんとした仕事なんか出来っこないとわかって来ているから、本当に何よりです。考えたって分ることじゃない、そう云って居ります。生活において底をつくこと、それが人間の成長と芸術の生長のためにどんなに大切かということ、それも分って来たようです。これらのこと、すべてはうれしゅうございますね。仕事に対してねばりがつよいために段々追求して行って、結局それは何故という問題にぶつかる。ですから、音楽史が、過去には一つも生活とのつながりが何故というところで解かれていないことを発見して来ました。音楽史ではグレゴリー音階というのが、音階の歴史的第一歩の発展とされているが、只そう云われるだけで、どういうところからその発展が導き出されたか説明されていない、変だ、というわけです。ああ寿江子も体が弱いのは可哀そうだが、そして貧乏なのも音楽の勉強には楽でないが、そのために正気に戻って大人になりつつあるのは何といいでしょう。昔のような生活が万一つづいていたとしたら、どんなに折角のもちものが、むき出しの現実の中で磨き出されず、歪んだりごみをかぶった大きい塊りになったりしたことでしょう。でも私たち姉妹の悲劇はね、私は全く静かで仕事したいし、片方は全く音がいるという矛盾です。解決は、家の空間的な大さ。そして、それは云々と、因果の糸車でね。二人で、二匹のこま鼠のように向いあって、何ぞというとこの因果の糸車をまわして見るのですが、どうも軸の場所は同じなので、変った回転も今だに見出せません。私はうんと勉強し、仕事しようと思います。益※[#二の字点、1−2−22]そう思って居り、それの出来る予感もある。ですから、この車が又ぞろ出るというわけです。これから仕事にとりかかります。新書にウィットフォーゲルの『支那経済研究』が出て、面白い由です。御大切に。
六月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
六月二日 第四十五信
きょうは、結局二度お歩きになることになってしまったようですね、おつかれになったでしょう? かえりに電話かけて見たら丁度そろそろそちらにつく頃だとのことでしたから。かち合わないようにとわざわざたのんだのにね。
前へ
次へ
全383ページ中198ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング