m識があるだけ美しさも味もその人からへっているという感じを与えるのですが、ストウプスは科学的著述でもごく人間の全面から扱っていて、無知から生じる不幸をふせごうとして居る感じを与えます。そしたら、この人は詩をかく人でした。ハイネマンから『若き愛人たちのための愛の歌』という詩集が出ました。バーナード・ショウが、著者の科学的基礎は、愛の詩に箇人的でないものを与え、これは全く新しいことであり又、稀に見るテーマの厳粛性を与えていて、興味がある、と云って居ります。どうも深尾女史の「葡萄の葉」を凌駕すること数段であるらしい。人体解剖に人間への感動なしに向うのは間違っているというのが当っているとおり、人間の愛や愛の表現へのおどろき、真面目な献身ぬきに両性のことを語るのは間違いだから、日本にも、所謂ふちなし眼鏡チラリという式でない婦人の科学者が出ればいいと思います。同時に科学の希望である筈の未知の領域に向うと、直ちに原始的になって宗教をとなえ出さないような。わからないことは、今にわかることのたのしさとして見るような健全な。科学者が妙なところで足をすべらせるのは、考えれば、やっぱりごく箇人的に見ているからですね。自分の一生でわからない、するともう人間に分らないと思い、人間の力に限りがあるという風に云う。自分中心に見ると、そう見れば見るほど宇宙は縮小するから滑稽ね。
ストウプスの詩集というのは欲しいと思って居ります。少くとも会うよろこび、やがての倦怠、秋の木の葉の散るころは、あの公園も今は思い出という離別と、あくびの出る定型ではないでしょうから。私は、すこしは、凜々と鳴るようなそういう詩もよみたいと思います、本当に。私たちの詩集のほかに、一冊ぐらいそういうものを現代がもっていてもいいでしょう、ねえ。
現代文学は、世界のありようを反映し、文学を生み出す人々のその中でのありようを反映して、皆どの国でも(例外はぬき)愛は壮厳の域迄達せず、せいぜいがペソスですね。それにコルベール(女優、「夢見る唇」をやった)風の悧巧さが加味されたような。日本では又独特にちがっているが。
あしたから又、毎朝、すこしずつでも手紙書いて出すことにいたします。一つの手紙の中に、一日ずつかきためてゆくのでなく。十三日まではまた半月。こんな機械ないでしょうか。あなたはお動きなさらないでも、私がそこのどこかまで行って、
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