vいつきませんでした、その程度であったのです、うちでのお話でも。それはもとより珍しく東京に出ていらっしゃるのですから、もしやという希望も万更《まんざら》もたないわけではおありなさらなかったでしょうし、もってかえれるものならば、というぼんやりした願いだっておありになったでしょうが、それが目的とはっきりしていたのではなかったし、それぬきで十二分の御満足です。お手紙もよくそのお気持を現して居ります。それだけ御満足の行くように、又つとめもしたのですもの。だからあなたの此上の御心くばりはいりません。安心なすって大丈夫です。東京迄行ったのにというようなお気持は決して決してありません。やっぱり行ってよかった、元気が出た、そういうありさまですから。
 きっと島田からのお手紙がついて今頃は同じことがおわかりになっていると思います。
 きのうと今日で「マリイの仕事場」を読み終りました。なかなか面白いし落着いた作品です。パリの女仕立屋の生涯と縫女の様々な生きかたと雰囲気とが、女仕立屋という仕事のひどさと一緒によく描かれて居ます。「光ほのか」これは最後の作らしいが、それよりずっとようございます。しかし訳者はこの小説をいました、でした調で書いて居り、仰云いましたと迄は行かないが、云われましたという風な敬語をつかって、マリイの人柄を出そうとしています。すこしこれが疑問です。甘いと思われる。含蓄というようなものは、人柄の篤さというようなものは、そういう云いまわしにはないと思われますし、原文に敬語がつかわれていたとも思われません。
 女のやさしさ、或は心やさしい人というものを、敬語のつかい方で現わそうとするところ、何か今日の雰囲気と合わせて却って俗っぽい。女のひとの作品が、文化のより高い方へという意味で評価されるのではなくて、よりつみがないというようなところより文学専心というような面で見られている現在のありようとも、対応している訳者のジャーナリスティックな神経があるようで。
 この小説は、パリのありふれた町のどこかを思い出させます。歩道に向って、下は雑貨屋というようなひろいガラス窓の店。その二階か三階かの羽目に、横長く黒地で金文字の何々裁縫店という看板が出ている。のぼってゆく階段は、下の店の入口とは別の横についていてね。歩道の向う側から見ると、型人形が立っていたり、ミシンを踏んでいる女の肩から上の
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