謔こぶ心持でね。お母さんも勉強には興味もっていらっしゃる。御自分の血統の中にあるものとして尊重していらっしゃる、これはありがたいことね。東の窓から朝日がさし込んで背中の方が明るい部屋です。ベッドの白いシーツが朝日を爽やかにうけています。きょう一日御機嫌よく。
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〔欄外に〕◎そちらに出かけると、マア二時間費します。その時間だけ書きます。お母さんも本当に「熱い女」のお一人ですね。なかなかようございます。
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五月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
五月十一日 第三十八信
ひどい風ですね、そして大変むし暑いこと。よくお眠りになりましたか。珍しく私は夢を見て、大きい家畜小舎と奇麗な芝生と川村女学院を見ました。川村女学院というのは本当は、目白の大通りにあるのですが、その夢では林の間の芝生の横にありました。可笑しいこと。そして、亡くなった母がそこからうちへかえる途中、よその家の鶏小舎の屋根にのぼってそこから狭くるしい垣の間へおりて、垣をお尻の方からくぐって来るのを一心に待っていました。格子ががらりとあいて、鶏小舎の主人が出て来たのに、私が何か云っている、つまり、あやしい者ではないというようなことを。
昨日は、手紙かいてから本を七十頁近く読み、隆ちゃんやその他先日来たまっていたところへ手紙をいくつもかき、夜音楽をききました。日本で初演のが一つ、フリュートのコンチェルトが一つ、あとヴェトーヴェンの第三(エロイカ)。久しぶりで面白うございました。第一のは、楽器の使いかたとして玄人らしいこったところがあるらしいけれども、音楽として語り溢れるところがなく、頭で作られていて、大変面白いようで面白くないもの。文学にもあります、こういうのは。フリュートは日本の人としては相当にやりますが、体力が不足です。第一、第二、第三と楽章が進むと第三に入り、めっきりへばりが見え、ヨタつき、息を吸う音が耳につくようになる。なかなか大変なものですね。ピアノにしろ、すべての器楽と声楽と、いつもこの全く生理的な体力の粘りのよわさが感じられ、食物のことやいろいろを考えます。神経の緊張でかっと一時に出す力ならあるのでしょうが。
フリュートのコンチェルトなんかというものは、私が新響をききはじめてこの数年の間、今度で二度目ぐらいです。そんなにたま
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