キね。三つ指式であったら、私は自分が熊の仔にでもなったように工合わるくて迚ももちませんでしたろうから。仕合わせと思います、嫁さんとしても私はやっぱり仕合わせ者ね。
お母さんは改まると普通の標準的応対になっておしまいですが、話をくつろいで私となさるときびっくりするように表現的です。即物的です。例えば、お父さんが、挽回しようとして益※[#二の字点、1−2−22]益※[#二の字点、1−2−22]積極におやりになる、「そのまぶしさちゅうたら、ハアどないな活動写真にもありません」こういう表現。実にヴィヴィッドでしょう。田舎の活動写真なるものの感覚を通して全生活が集約されて居ります。どんな文学の才能だって捏造不可能ですね。
いろいろお母さんとお話していて、お父さんのことに及ぶと、お母さんがどの位お父さんの性格の真髄をつかんでいらしたか、そしていとしく思い愛していらしたか、まざまざとわかり、私に二重にわかって(お父さんの良人としての魅力とでも云うべきものが、極めてデリケートな点ですが)自分の胸に潮のさし迫る感じです。一昨日や昨日、私のかわきは激しくて、胸のふたがとれてしまって、風がじかに吹くようで本当に苦しかった。そしてやきもちをやきました。自分で笑いながら、目に涙をためながら。
夕刻、お母さんお出かけのすこし前軍事郵便着。隆ちゃんです。四月二十六日出。無事○○に上陸、直に宿舎に入り風呂に入り今手紙を書いています。お母様は東京へ御一緒ですかと、あなたによろしくをつたえて居ります。夜は寒い由。隆ちゃんも支那大陸の広さにおどろきの第一印象を語って居るのは面白い。日用品何でもあり、やすい(内地より)支那人苦力が沢山いて色は真黒です等。短いけれどもよくわかるたよりで、二十一日に出立して二十六日手紙書ければ順調に行けたというわけで何よりでした。宛名は
北支派遣沼田部隊気付及川支隊江藤隊
です。こういう字を見ると、達ちゃんとはちがって手紙や小包、時間がかかりそうに思われますね。早速手紙書きましょう。お母さんも芝居にお出かけの前一安心でようございました。
林町の二人お送りしてかえって来ました。菊五郎の「藤娘」なかなか見事であった由。特に音曲がよかったと、お母さんは素養がおありになるから大満足。明朝そちらのかえり写真(一家で)とる手筈になりましたから、追って御目にかけましょう。目白の家
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