えました。明笛は独特の哀調がありますね。唄は南ロシアの半東洋民族の節に似ていていろいろ興味があって、冨美子が、この人たちが、お米をとぐバケツで洗濯したり、一つの洗面器で洗ったり、煮たり、そこから食べたりするのをびっくりして観察して話していました。移動が激しいのと、文化がひくいのと、賃銀がひどいから(一トロッコ(一坪立方)三十銭。だが半分は親分がとる。一日十杯ぐらい。九十円のわけだが、体が一ヵ月働きつづけられまい。せいぜい二十日。その上、食費をはねる(親方))そういう生活になってしまうことを話したら尤もとうなずいていた。子供に対しては偏見もなく、そうやって来た子で野原の学校に上っているのもあるそうです。
 もとからある家の蔵と二階ね、おわかりになるでしょう? あすこをつけて大工に土地を売ったというのは昨年のこと。本年に入って、その大工氏は大いに営利に志し、元、風呂のあった側一杯に大きい二階つきの製材所を建築中です。機械をおくコンクリートの座などが、まだ壁のない建物の間に見えました。ここで機械鋸を使い出したらあのシューキューシューシャリという音、さぞやさぞでしょうね。国府津の家の裏に一軒あるの覚えていらっしゃるかしら。あそこ位はなれていても随分きこえるのですから。
 野原の家の洋間の事務所、そのとなりの部屋、それにつづく大きい二室、それは小倉の方から来た夫婦に子供三人家族に \15 でかしてある。いや応なく泣きこまれた由、あの辺貸家というものがないので。これは徳山の何かの店が出張店を出すためその弟家族をよびよせた由。小肥りのまことに博識(!)の奥さん[#「奥さん」に傍点]が、膝おしすすめて喋ろうとされるのにはさすがのおユリも降参しました。台所は共同にしていらっしゃる。野原の家の有様は大体そんな工合。大して落付かないというのでもないが、土地の空気は落付かず。あすこに建つものは特殊な性質のもので自給自足のものです。下うけ工場というようなもので外部が拡大することもないし、官舎の数だってきまっているし室積が消費面に当るし、野原は一定のところまでで地価にしろ、すべて飽和する。これは比較的早く飽和するにきまっているし住宅地とすれば、これ迄より条件はよくないわけです。危険の増大から。だから見果てぬ夢は見ないことと富ちゃんにも話したことです。地価なんかについてね。\25 になって売れたら
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