おして頂きたい様子です。では明日。

 四月五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 四月四日  第二十九信
 きょうは、やっとぽっちりだけれども薬のおかげで、かぜの気分はましになりましたが、少なからず悲観して居るところです。かえりに新しい電車の方へ出たら、不図気がのって、それを横切って、「アパート」という案内で見ていたアパートをさがし当てて二つ見ました。雑司ヶ谷より。お話にならないので悲観しているところです。あと大塚よりに見るしかない。池袋よりは女と云えば女給さんその他コンキューで、保安のおとくいでしょうから。ほんの一時の好奇心か、その辺を歩きまわる足がかりの為かならばだけれども、そこに落付いて勉強もし仕事もしようというのには迚も駄目でした。同潤会のなどは、随分ちがいますね。久世山だって。この辺のは、アパートというものがよく分らないうちに建った古いものらしい。
 五日
 思いがけないものが降りました。かぜもひくわけ。四月に入ってからの雪とは珍らしい。かぜはましで、喉も食塩水でよくうがいした為痛みとれ、鼻の中のカサカサもメンソレータムでましです。夜なかに干いてしまって困りますが。
 片上全集第二巻が来たので、金原の医書より早くお送りしました。私には深い感興と共感とが感じられました。輯録《しゅうろく》されているものについて。二種の求めるものが一人の友人のうちに統一されないことに対する心持は、歳月や成長にかかわらず、胸へのうけかたはちがって来ているとしても依然としてあるものであり、人間的なものだと思います。私たちの生活のよろこびは、つまりそこにある求めるもののてりかえしであると云えるわけですから。人間のそういう調和というものは何と微妙でしょう。音楽が微妙な震動数の調和で諧調を発しるような。そして、一たびそのような調和を感じ合ったもの同士の、深い深いうちはまりかたというものはどうでしょう。一つのハーモニイはおのずからその中に次のハーモニイへの可能をふくんでいるから、或ところでの楽しい反覆《リフレイン》、あるところでの心ゆくばかりのテーマの展開と、時を経るまま日をふるままに益※[#二の字点、1−2−22]味いつきず。
 そういう点で、人間が美しさの頂点を知っているということは、非常なことであると感じます。生の横溢が、生を飛躍しそうな感覚にまで誘う、そういう刹那に迄
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