していて、30 でわる。この算術の答 23.3―切りなしのしっぽ。フム。親方の御感想はいかがですか。大したことありませんね。番町皿やしきで侍女お菊は、一枚二枚と皿をかぞえて、やがて化けて出ます。おユリはどんなおばけになることやら。そちらへばけ出そうと思います。どうぞ私のおばけが通れるだけ窓をひろくあけておいて下さい。呉々もお願い。
あなたが大変元気そうで、ときょう徳さんが申しました、くりかえして。手袋、足袋、もう入らぬ由です。ではあさってこそ。
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[自注12]寿夫――池田寿夫。
[自注13]スノウの細君――ニム・ウェルズ。
[自注14]一平さん――岡本一平。
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四月三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
四月二日 第二十八信
きのうの日づけのお手紙。これはレコードの早さです、そう思って終りへ来たら、まあこれはきのう私が出かける前におかきになったのですね。早い手紙ね、おきぬけの。
一日から八時になって、八時半から四十分の間に第一の呼び出しがあります。まだ肱の力のつよい女軍が相当ですが。池袋の方へ市電が通じたら、池袋辻町のバスが大層すいて朝のキューというような圧し合いがなくなりました。池袋の方はまだ試乗しませんが、表門のすぐわきへ出られて便利の様子です。
このお手紙で云われている必然的未熟さの征服のことは、文学の現実、生活の現実のなかでは、実に意味ふかく複雑な形態をとります。今日の文学のありようを見ると農民文学、生産主義文学、生活派文学、いずれもテーマ小説であって、現実に向っては意識無意識のイージーさに立って居ます。そしてこの分野で左になぎ右に斬りすてやっている猛者連は、殆どかつて左翼的と云われた作家たちであって、未熟さであったもの(歴史性において)はそのまま低さとして在るなりに、処世の法が絡んで、文学の上では今日の歴史の低い文学の面を表現するものとなってしまった。そして、現在では、そのテーマ小説の俗っぽさに対抗するものとして、変な境地小説(芸者・老人等、子供を扱ったり)が現れている。つまり、その裏が出ているわけでしょう。
人間の成長には常に一面の未熟さが伴って、怠慢は、自身に対する測量柱が、自身にプラスと思われる面へだけ立てられたときに生じます。これはいろいろ面白いと思います。
昨年、非常に
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