じまるから家に留守番が来たらアパートしらべにとりかかります。
二十七日づけのお手紙、ありがとう。くりかえしよみ、例えば家のことなどについて自分の心持に生じている変化について考え、この数ヵ月のうちに(去年から)こき落された贅物のこと、或程度まで贅物がなくなって、そのレベルではじめてああ、と心から納得されるものの生じていることを深く感じます。
勝気さのこと、非常に私の生活にあっては、いろいろの混りものがあり得るわけです。ここにとりあげられているペニイのことね、あれなんか私はアラそうかしらの程度で、そうお? というように、半分冗談の種に云っていた自分の心持でした。それがあなたにこういう場合の例としてあげられることとして、印象を与えているということ。そういうことについても考えます。私の小さい我を粉砕し、又その現象的なあらわれであるそんな勝気さについても爆撃を加えて、よりひろく高い視野にひっぱり出そうとして下さること、ありがたいと思います。〔中略〕
私はこの前の前の手紙(二十二日)で、自分のよい勝気さと俗っぽいものとの混り合いについての反省にふれていたと思います。勝気というもののあぶなさは、現実に無内容であっても、その自覚感情としては在り得るという点です。自負と同じでね。
去年から今年にかけて、目に止るほどの程度でなくても、質の点で、実に私は多くの衣がえをしたし、かえるべき衣について知ることが出来たと思います。そして又去年から今年にかけて作家としての私がおかれている事情の中で、普通のひとならば、一応その事情への劬《いたわ》りで、云いたいことも云わないような正にその時期に当って、その時期こそ真の成長を目ざすべき時期であると、痛いこと、切ないこと、涙こぼさずに居られない点に触れられるということ。わたしたちの生活の妙味つきぬところであると思います。この頃、このことを屡※[#二の字点、1−2−22]考えます。成長ということは烈しいことであって、決して私は成長したいと思いますという、その気持で終るものではない。その心持ちはわかっている式でも、現実の成長はない。益※[#二の字点、1−2−22]今の時期の内容的充実についての関心がよびさまされます。
ジャーナリズムの限界は作家の接触のしかたではないということ、これもよくわかります。特に終りの部分は、意味ふかい言葉であると思います。
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