が退治られて、きのうも二時間余、きょうも二時間近く歩きまわって足がくたびれただけというのは実におどろくべきことです。よこはらが苦しく、すこしどっさり歩くとおなかじゅう苦しくなったときの気持と比べると。気がつかれる程度のちがいは相当です。
 二月ちゅうは毎日ではなくと考えて居りましたが、もう毎日にします。
 ○有斐閣の本、代金引かえで送るよう注文したから明日あたり着くでしょう。
 ○いまごろは待ちどおしくて而してこわい手紙がその辺のポストに入っているでしょうか。鉄の赤ポストは公園の鉄サクやマンホールのふたなどとともになくなります。瀬戸もののポストになります。街の燈柱もコンクリートになるのでしょう。『片上伸全集』は興味があると思いますがいかがでしょう、私には心ひかれるものがあります、手紙が収められているそうですから。では明日。

 二月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 二月十九日  第十六信
 又ひどい風になったこと。二階は縁側なしだからしきりにガラス戸ががたついて居ます。
 きのうはあれからかえったら、玄関に男下駄とインバネスとがあり、誰かと思ったら、いつか手紙に書いたことのある甲府のひと、盛に鶏の毛をむしっている。柳瀬さん中野さんの祝いに出席するために、八年目の葡萄酒と山鳩二羽と、私へは鶏をもって来て呉れたのだそうです。とりをつくるの、実は見ているのがいやなの。とりやへやるからと云ったら、肉をかえられるといけないとこしらえてくれました。汗をかいて。そのうち栄さん来。栄さんの芥川賞候補は候補にとどまり、貰ったのは中里恒子という人です。稲子さんが新潮賞の候補にあがったそうですが、こっちは「子供の四季」や「風の中の子供」をかいた坪田譲治と「鶯」その他農民文学[#「農民文学」に傍点]をかいている伊藤永之介に行きました。こう並べるといかにもその常識性が新潮らしいでしょう。文学的文壇的常識というよりも、市民的常識が匂う。えらいと云われている人には先ず頭を下げて向ってゆく風な。千円ふいになったと大笑いしました。柳瀬中野のお祝いの会はいかにもその人々らしい会でした。久しぶりにいろんな人の顔を見ました。千田さんのイルマさんが子供をお母さんに見せに八年ぶりで一寸ベルリンにかえってゆくそうです、八ヵ月の予定で。八年の年月は、実に昨今では内容的だから、さぞいろいろの感想
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