行を試み、もうすこしのところでガソリンが切れ、不時着に迫られたが機首を突込む危険が見えたので一人の婦人飛行士にパラシュートで飛下る命令が下った。彼女はそれを実行した、機体は幸《さいわい》無事に降りることが出来、一週間ばかり密林での生活ののち救われた記事が『新青年』に出ていた。パラシュートで独り下りた女のひとの経験は恐るべきものです。よく沈着さと推理と体力とで飛行機のところまで辿りついたが、やっと辿りついたときの彼女は片足はだしで、杖をつき、茶色のジャケツの胸にレーニン章をつけて、辛うじて密林から現れて来た由です。この物語の中には、イヤハートの生涯と又全く異った美しさがあるではありませんか。涙の出るところがあるでしょう、人間の生活の美は複雑ですね。
日本では自動車をやれる女のひとさえごくまだ尠《すくな》いから、飛行機まではなかなかでしょう。自動車をやる女のひとは有閑的か何か的ときまったような工合故。咲枝や寿江子は出来るのに本当の免状をとる迄はやらない。
一月三日
きょうは久しぶりで髪を洗って貰って、小豆島産のオリーブ油をつけて、非常にさっぱりしたところです。十二月は中旬にならないうち病気になってしまって、ちっとも髪など洗うときがなかったから、全く爽かです。
考えて見ると、私は十年目位にひどい病気をして居ります。一九一八年、二八年、三八年。そして、それがいつも年の暮ごろから正月にかけて。奇妙です。その上、一つの病気の後に生活が或変化をうけて来ている。今度の後のことはまだわからないけれども。今度の病気のやりかたは以前のどれに比べても結果はプラスだけだから、生活に変りが生じたとしてもやはりプラスだけだろうという気も致します。二八年から九年にかけて肝臓炎をやったときは、内面的に大きいプラスを獲たが肝臓は半死になってのこったのですものね。今度のように生涯の禍根を断ったというのではなかった。
体の調子は良好で、この前の手紙に書いたひどい疲労感はごく微かになりました、ただ、夜夢を見るの。これは私としては大変珍しいことで注意をひきます。何か不安という程ではないがアンイージーな夢を見る。そこで心付いて、もうすこし傷が丈夫になったら眠る間腹帯はとることにしようと思います。しっかりしまっている、そのため何か圧迫感があり実際圧迫されていて夢を見るのでしょうと思う。夢はとりとめなくて
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