フのこと――一九三五年五月から一九三六年春にかけて百合子が市ヶ谷にいた間の顕治に対する差入状態。
[自注15]退院後の余り威張れない効果をともなった態度――戒厳令下の事情という判事の言葉に制約されて、百合子が公判までの三カ月ばかり顕治に差入れに行っても面会せず、公然と手紙を書かなかったこと。
[自注16]今日の二人の条件とは異っていた――接見禁止中、書信禁止中は立合看守によって記録される面会の時の話の内容と、双方の手紙がみんな予審判事のもとにまわされた。
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十二月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十二月十六日 第八十二信(B)
成長の跡をさかのぼって考えて見ると、自分の過去において「私は」という一句が、非常に重大な各モメントにあらわれている。子供っていうものは大人のいうことをきくもんです、だって私いやなの。からはじまって、「貧しき人々の群」は、素朴ながら社会的に私はというものを、当時の既成文学の趣向に向って主張したものであったと思う。以来、環境が必然する様々の習俗に対して、矢面に立ちとおしたのは、私はそう思う、思わない、仮令《たとい》
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