ンこなしていたろうか。女房的なもの、相対的なもの、互の機嫌に連関して感情的に作用するものとして受けていたところはなかったろうか。自分たちの間に生じる様々の問題は、根柢にあっては常に大志に根ざしているものだということは、何年かの生活とその蓄積とによってわかってはいるのだが、そうわかりつつ、直接の扱いは相対的で、大志によるものという考えかたは或意味でのマンネリズムに堕してはいなかったろうか。さもなければ、ひとにあてて書かれ、一般的に云われているこの言葉が、どうしてこうも新鮮に、ブレークの空のような色で自分をうつのだろう。そして、自身の成長に限界をおかれていないという歓びの感覚が、おどろきの如く感じられるのも、何故であろうか。

 それからは、やや焦点がきまって来て、この半歳における自身の受動性について考えられて来た。積極的に打開し、解決しようという努力はあるのだが、それが発揮されなかった諸原因について。自分の手紙につきまとった或る当てのない痛心や卑屈さやについて。ちっとも求められていたものでないそれらのものが、書いた字数の過半を埋めていたことについて。
 七月下旬、キンシカイジョケンジとい
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