フ人々の程度での善意だの、好意だの、訴えてゆく心持だのに対して、それぞれの程度に応じて、そこにあるものはそれとして汲みとる方ですから。だから、どうして、私のそういう心持は、その心持として通じなかったろう、何がそれを妨げたのだろう。そう思います。或は私は生意気っぽい調子でそれを云っていたのだろうか、と。人の心は微妙であるから、云われている事より、その調子で多く感じるものですものね。今そのときのことは、私に思い出せもしないしするから、今の私の理性では、第二の点を考え、その点で摂取し成長してゆくしかないと思います。自分に一番よく、一番しっかり、一番ましなものを期待されることは、何とうれしく、又大したことかと、かえりには、全体を愛情と自分のバカさに対する一種のユーモアとで、笑う心持で同じ道を戻って来ました。いろんなことがあるわね。片方はよろこばせたくて、片方は差し出されたそのものを見て益※[#二の字点、1−2−22]、何という水準だろうと思うというのを考えると、でも、やっぱり書いて居て涙が湧く。
 作家の変転してゆく諸様相を観察していると、作家というものが、反響に対して敏感であるということから
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