サのことにあらわれている受動性や曖昧さは十分認めて居ります。その点私は誤っていたし、真の自律性をもたなかった。
 生活の庇云々ということは、以上の点との心理的関係で見ると、自分というものをあなたと切りはなした感じで張り出しがついて行ったのではない。そういう点で自分があるべきだけ自主的でなかったことには十分自省が及ばず、それなり、主観の上では一生懸命に、自分の義務と思う成長や仕事で押し出して行っていたので、いつしかそこに相対的な関係での庇が出来て(おじぎされるもので、こちらからもおじぎを返すというような関係での。一例として)、いつしかごみもたまったようなところがあり、そのことを云っていたのだと思います。けれども考えて見れば、あの庇云々のことを書いたのは八月下旬で、当時、私は今ほどはっきりと、或点で自分が見落しているもののあったことを、自覚してはいなかったようです。今私にはそれがはっきりわかった。した[#「した」に傍点]とか、なった[#「なった」に傍点]とかいうことの確然たる内容の相異について、初めに書いた、ああいうことにしろ、やっぱり関係があるのです。
 私はこのごろいろんなことから、深
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