スとかしてなれるのです。それで、来年の夏までガン張って実力をつけて、着手するということになりました。来年の夏までに、追々おひさ君が代りのひとを見つけることにして。ですから、この頃は時々、私が二階から下りて来て茶の間の柱によりかかって、ひさは長火鉢のところにいて、「あれが八分通り出来たんです」「フーム。割ったの?」などという会話をやります。応用問題の話です。そんな当てが出来て、いろいろ時間のことなど考えて貰っているので、ひさ、小包忘れて小さくなったわけなのです。猶々。
おや、按摩《あんま》の笛がきこえて来る。冬の夜らしいこと。
オイゲン先生の二人の人間からはじまる経済の空中楼閣につれて、ロビンソンの話があるでしょう。あの作品を、漱石は十八世紀の英国文学の評論の中で、当時の最も下等なる側の代表と云ってとりあげています。漱石の下等というのは、それが理想小説でもないし、美的小説でもないし、どの頁をあけて見ても汗の匂いがして、椅子をこしらえたり何かばっかりしているからだそうです。そして、構成のだらだらしたところを突いて、自分の小説構成論を述べて居ります。漱石は散文と詩との対比を、散文は人力車
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