oと舞踊というものが、溢れるように感じられず、大変考えてこしらえている。或文学的内容はあるのだが、舞踊として、音楽がおのずから肢体を律動せしめるような横溢がない。日本の生活感情の中に音楽のよろこび、表現力が実に欠けている。それがじかに出ている感じでした。
私は、そんなことを次々に感じながら、それらの感じは小波のように感じて、きのうは一晩じゅう、あることを思って居りました。きのうの朝手紙を頂いた。その終りの部分が私につたえる感情を。あの部分は、何とあなたらしいでしょう。心持の篤さ、繊細さ、そして明確さに於て。あの部分は無限のぬくもりと勇気とをつたえます。文字から声が聴え、そして、終りに、「ね、そうだろう」と私の背中に与えられる掌の感じまでこもっている。私たちの生活への愛と思いやりとが心にとまって、くりかえしくりかえしそれを思わずにはいられなかった次第です。
確にここで云われているような場合というものはあるわけです。私は確にばつのわるそうな顔付もしますし、赭《あか》い顔になるのを自分で感じることもある。しかし辛さと感じられる感情は、私としては謂わば外部的なそういう条件が、その場で現れて
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