。]、すっかり揃えたら、かえりがのびたので又買い直し。それも思い出でよろしい。
    ――○――
 さて、けさのお手紙ありがとう。私は十三日のあと、十六日、十七日と出しました。追々届くでしょう。「婦人」の筆者のこと。私は判断が全く符合していて愉快でした。
 去年の初夏、その作家論を書き、その核心の欠如と、時代の良心の成果としての「女の一生」。それを頂点として「真実一路」では真実そのものの社会的内容を見失ってしまっていること、そして再び、市井の勤直さに逆もどりする危険について書いた。「路傍の石」は一番最後の段階に属す本質をもっているのではないでしょうか。本当に今日の小説家のコースは様々です。だが共通に云われることは昭和の九年以来、あらゆる流派の線が、それ自身下向していることです。そして、しかもその下向が下向として自覚されていないことを特色としている点です。目下生産文学と云われているものにしろね。(「あらがね」の作者、「探求」の作者などによって)。重治の「汽車の罐《カマ》焚き」ごろ(二年以上前)からそういう名詞が文学上にあらわれたが、現在の文学作品においては質のすりかえと役立っている。

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