ト来ている。全体ひっくるめて、文学の収穫は豊富となり、増大しているのです。文学の全線ののびていることは、逆に中間のたるみのひどさをもおのずからひき出しているわけです。自分の力でうごかず、うごかされる部分が。この、線のたるんだ部分に、しゃがんで首をうごかして空の雲の走る方向を見上げている夥《おびただ》しい作家がいる、それさえも文学の大局から見て決して無駄ではないというべきでしょう。
そちらからの本の中に、『直哉全集』の第一巻があったので、初めていくつかの短篇をよみました。「菜の花と小娘」など、ある美しさ、人間らしいつや、明瞭さをもっているし、作者が、よく女の子ののびのびとして弾力あるしなやかさを、理解していることがわかる。だが、この完成の境地は、全く高踏的で謂わば陶器的な美観ですね。過されている青年期というものも、今日の青年はどんな気持でよむでしょう!
犬が鳴いて、「ミヤモトサン、ミヤモトサン」と呼ぶ声がした。(午後二時)寿江子が、「ハイ」と云って行って電報をもって来た。電報? 何だろう、あけて見て、「キンシカイジョ[自注7]」とよみ、凝っと紫インクでタイプされたその一行と名前とを見
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