オたから、すこし溯《さかのぼ》って申します。
 盲腸が折々つれたり、左脚の痛むの(これは内からの土産)がいやだから、七月二十日頃から凡《およそ》一ヵ月ばかり、三共のモクソールという、お灸で発生する精分の薬の注射をやっていました。これは、副作用のないもので、永くつづけてよいのだが、注射をしてくれるSという看護婦のひとが旅行に出るので、八月二十日ぐらいでやめました。すこしは利いたらしい、盲腸に。
 抑※[#二の字点、1−2−22]モクソールを云い出したのは、疲労感があって、それがたまる感じだったからでしたが、八月の中頃以後(下旬ね)折々熱を感じてとって見て七度二三分まで出て、つかれの故と思い、注射が直すだろうと思っていた。それがひっこみ切りにならず。疲労の感じは増して来て、胸にひろびろと力のあるいい気持が失われ、座っていると、いつか胸と腹とを落している。それは、今もそうです。それに右の肩が千金[#「金」に「ママ」の注記]の重さという風なので、自分で気になり出して、つい貴方に訴えたという次第です。今の条件で病気―疲れをつくっているのではなくて、疲れにしろ、疲れが出た、というのでしょうね。今目前を見て、何でつかれる? と考えて、これでつかれると云い得るほどのものはないのですもの。
 糖の検査は昨夜もやる必要があると思いました。これは慶応です。林町の者が浅野さんという人にかかってやっている。そのひとにたのみます。これは早速やります。もしかしたら明日やります。一日がかりの仕事故。それで何もなかったら、もうたしかに疲れだけです。
 こちらが健康喪失などしたら遺憾どころではないということは全くです。何か腹立たしささえもって、早く寝ろとあなたがお思いになる気持が、まざまざとわかります。二食のこと。これもちゃんと三度にして食餌の選びかたも気をつけますから、どうぞ御安心下さい。
 現実に私がすっかりしゃんと丈夫にならなければ、安心して下さいというのも礼儀のようですみませんが。
 この手紙(あなたの)、しばらく無一文状態も加って、とあり。私は実に切ない切ない気がする。云っても仕方がないが、私は健康の当時の事情とそのこととの結びつきを考えると、いや、あなたの体を考えると、そのことに焦点が一度は必ず行って実にやり切れない気がします。小さい小さい一つのプラス、それがチビチビと全体をかえるときがある。そういう時だったのに、と思う。そして、私が会うたびに、「あっちお金ちゃんとしてあるだろうか、御弁当は?」ときくと、「ああ百合ちゃんの云った通り、ちゃんとしてあるわ、安心して大丈夫よ」と答えていた丸い罪のない顔を思い泛べ、今更攻められず、攻められぬこともやり切れぬ、そういう気持です。あなたにこの切なさ、おわかりですか? 私があの窓から笠を指にひっかけてのび上って、そういつもいつも訊いていた、殆ど真先にきいていた。そして、そう答えられて気を休めていた、その気持。そして今その気持を思い出す気持。察して下さいますか。
 手紙に時刻を書かなくなったのは、きょうお話したとおり。このインペイ法[#「インペイ法」に傍点]はよんでいて笑い出してしまいました。あなたは実によくない悪弊だと思っていらしたと見え、蔽うの下(代り)に弊をかいていらっしゃるから。インペイ法とは、わるいと思ってインペイするのでしょう? 私はそんなにわるいと思う内容での夜ふかし(只喋るとか遊ぶとか)はしないという腹でいて(コレ迄のことよ)インペイはしなかったわ。只夜中の二時や三時に、先のように一種の楽しみに手紙かいたりしなかったからだと思います。私はそうこまごま頭をつかう質ではないわ。
 早朝の出かけのこと、ありがとう。ありがとう。そのように考えて下すったのを有難く思い、あのすこしずるそうなあなたの笑い顔をなつかしみます。でもラッシュ・アワーとかちあってひどい混雑だろうとすこし心配です。木曜日に試みて又方法をきめましょう。早いのは、ようございますね。ずっと歩ける距離なら本当に申し分なしだのに、片道だけでもね。もうすこし涼しくなって汗ばまなくなったら近く行ける道の探検をして見ましょう。ラッシュ・アワアのこみかたは言語に絶しますから。
 前後して、この次(つづけて書く)が、九月一日づけのお手紙への補足だのその他になりました。枚数が多すぎるから、これで一寸区切って。

 九月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 九月十四日  第五十信
 前の手紙にお約束の体温をかくのを忘れたから一寸。
                     夜は八時半ごろ
  十二日朝五・八 ひる六・三 夕六・七 夜七・一
  十三日朝五・七 ひる六・二 夕六・八 夜七・一
  十四日朝五・八 ひる六・三
 昨夕お客で、その若い女
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