ィどろきを感じ、それから様々の感想を刺戟されました。私はこんな立腹の調子の微塵も感じられぬ手紙、最も深い親切だけが漲って感じられる手紙を期待しては居ませんでした。あんなことを云っていらしたから少くとも、もっと所謂こわいものを覚悟していた。十分それにふさわしいのであるから。
一通り読み、更に読みかえし、私はこの手紙の中に云われていることが、全く根本的なものにふれ又機微にふれている大切なことであるのをわかるばかりでなく、それを云っているあなたの態度から二重に感じるもの、教えられるものが非常に深い。
この間、本の整理のために去年の間にいただいたいくつかの手紙をよみかえしたときにも、私は何か自分が感情的になってせまくとりつめたような気持で受けたことも、あなたの側からは、ひろい生活的見透しに立って云われている場合であったことを再び発見して居りました。例えば去年の初めここへ家をもった前後のことなど。
きょうお手紙を読んで、私は貴方が元より天性にある資質であるが、その規模というか大きさというかを一層深め拡げていらっしゃることを痛感しました。弱点をそのままうのみにして許す寛大さと云われるようなものでない寛大さについて、私はこれまでも一度ならず身にしみて感じて来ています。それでも、この手紙には、何とも云えぬこせつかなさ、不動な正当さ、いつ読んでも、読む人間が人間としての成長を願っている者なら、尽きぬ教訓となるものが、単に言葉としてではなく、独特の温さの感銘を伴って湛えられている。私がこの感動を特にとり立てて云うのは、貴方の内にこのようにして豊富にされつつある或る力が、日常のどのようなところから蓄積されて来ているかということを考えずには居られず、それに思い到ることで、云われていることが益※[#二の字点、1−2−22]その真の価値で心にはいって来るためです。
相手を傷つけず、しかもその最も急所にふれての忠言を与え得るというのは、或る人間的達成の水準以上にあって初めて可能です。私などはこの点だけ見ても実にまだまだです。客観的な正当さと、自分が怒ったり毒汁を吐いたりする権利とをごっちゃにしたりする。
私はこの前の手紙で書いたように、本当に自分の腕にかぶりついているようなところのある気持でこの手紙をひらき、そして読むのだから、ここから射し出す明るさとあったかさとに何とも云えない気がする。
人間と人間との間に「純粋」な感情交渉があり得るなどということは全く仰云るとおり無いことです。だからこそ、価値あるものの価値と本質とを守ることが不可欠になる。愛情にしろ、最も複雑な、固有な、調和と共感と努力とが統一されているからこそ、かけ換えというもののない献身の諧調に達する。お手紙の中のその数行は、愛情について云っても、謂わば現実的相貌にふれてのこととして、意味ふかく、私の捕えられる一番複雑な内容において拝見した次第です。
私たちの生活の成長ということについて考えます。いつしか段々といくつかの段階を経て、私たちの生活も、今はよく云い現すことは出来ないが、ただ仲よいとか、睦じいとかという程度の時代を過ぎましたね。自分の生活は独特だからとこの間仰云った、私の生涯もその独特さと結びついてやはり独特なものとなって来ている。縫い合わされて、その糸はこちらに出て来、この糸はそちらに出ていて、分けられない。例えば自分の弱点についても、先は、貴方に対して恥しかったり、残念だったり、極りわるかったりした。貴方にそれにふれて云われるとき、向い合って座らされるような気になった。
段々、今はそうでなくなっている。私の弱点さえも、私があなたから離れることのないものであるごとく貴方にくっついているものだと感じている。それについてすまないと思う。どんなに手荒に貴方が療治をしようとも、貴方の一部なのだから、一生懸命に手をかし、率先して最大の努力をつくす気持です。こういう云い表しかたは不十分なのだけれども、いくらかわかって下さるでしょう?
私は貴方の Better Half になるということは恐らく決してないだろうが、然し仮令 Weaker half であるにしろ、その向上と発展とのために現実に生涯が賭されているのであってみれば、私たちは少くとも腐って動かない部分をもっているのでないことだけはたしかです。「雑沓」について書いていらっしゃること、思わず笑ってしまった。あれはね、まさか私だってそれを云った人だって「カッコつき」の大傑作と思っては居りません。貴方に読んで頂けないものについて、私はいくらかでも知らせたいと思う、すこしはましということを知らせたいと思う。それで、その意味で、そういう表現で云われた言葉もつたえるわけ。達成だなんかと思っているものですか。この手紙全体の終りに近く云われ
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